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中国から「大食い」動画が消える日近し――習近平氏「節約こそ誇らしい」の鶴の一声

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
「大胃王」問題を取り上げる中国中央テレビ=ウェブサイトより筆者キャプチャー

「大食い」動画は「深刻な食糧の浪費」――中国国営テレビが最近、ニュース番組でこう批判したことが波紋を呼んでいる。習近平国家主席が8月に入って「食糧問題に危機感を持て」と指示したことを受けた措置とみられ、中国で多くの問題点が指摘される「大食い」動画がタブー視される可能性も出てきた。

◇食べ過ぎで死亡/動画に細工も

 中国では「大食い」動画の出演者は「大胃王」と呼ばれ、大食い場面の動画・生放送がネット上に頻繁にアップされている。出演者の中には1000万人のフォロワーがいる有名人もいて、短時間で数十万元(1元=15円ほど)の収入を稼ぎ出すともいわれる。

 ただ、この「大胃王」をめぐり、数々の問題が起きている。

 中国メディアによると、「大食い」動画を配信してきた「王」と名乗る30歳男性が今年6月23日、生放送の途中にめまいを起こして椅子から転げ落ち、病院へ搬送されたが7日後に亡くなった。王氏は妻に、直前まで目の痛みや体のしびれを訴えていたという。

 王氏は経営していた会社が倒産し、その損失を埋め合わせるために「大食い」の生放送を思い立ったという。豪快な食べっぷりが話題となり、再生回数・広告収入は急増した。

 だがその対価として100kgだった体重は半年後には140kgに増えていた。病院が死因を「暴飲暴食が引き起こした脳出血」と結論づけたことから、中国の「大胃王」の間に衝撃が走った。

 このほか、“本当に食べているか疑わしい”動画も少なくない。

 大食いで有名になった人物が、編集前の動画を誤ってアップしてしまう出来事があった。出演者はディレクターの指示を受けながら食べたり話したりの動作を進め、「食べ切った」というポーズを取ったあと、すぐに吐き出していた。編集によって「次々に食べている」ように見せかけていたのだ。

 この動画はネット上に残り、「視聴者をだましている」との非難の声とともに「食べ物が粗末に扱われている」という批判も上がっていた。

 こうした状況の中で、国営中国中央テレビ(CCTV)が8月11日のニュース番組でこの「大胃王」の問題を取り上げ、「消費の誤解を招き、深刻な浪費がみられる」などと批判的に伝えた。「大胃王」が食べたものを吐き出している点に言及したうえ、「この消費志向は非常に心配だ。社会の節約意識の構築、食品の無駄をなくすということに完全に背いている」とする中国科学院の専門家の懸念で締めくくった。

◇「浪費は恥ずべきもの、節約は栄えあるもの」

 CCTVがあえて「大胃王」に言及した背景には、食べ物の浪費をやめるよう求めた習主席の厳しい指示がある。

 国営新華社通信(8月11日)によると、習主席はその中であえて「飲食の浪費は深刻で、心を痛めている」と言及。「わが国の食糧生産は豊作が何年も続いている。しかし、食糧安全保障については、一貫して危機意識を持たなければならない」と訴えたうえで「食材を浪費する行為の根絶を目指す」という方針を打ち出した。

 香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは8月12日、中国科学院と世界自然保護基金(WWF)による2018年の調査結果として、中国では年間1800万トンの食糧が浪費されているという推定値を伝えた。これは5000万人が1年間食べられる量という。

 中国では相手をもてなす際、食べ切れない量の料理で歓待する習慣がある。ただ習主席はこれを問題視する立場から「浪費は恥ずべきもの、節約は栄えあるもの、という雰囲気を社会全体でつくっていかなければならない」と訴えている。

 習近平氏は国家主席に就任した2013年から「食べ残し」をなくすよう求めてきた。今回、改めて「浪費」禁止を持ち出したのは、習主席が中国の食糧事情に懸念を抱いているためという分析も出ている。

 中国当局は国内の食糧生産量は十分だとしているが、新型コロナウイルス感染拡大に伴う物流の混乱▽長江流域を中心とした広範囲な豪雨災害の発生▽米中経済摩擦の激化――によって食糧供給に影響が出る可能性があるためだ。

 中国政府は習主席のこの指示を受け、全国人民代表大会(全人代=国会)を通して、飲食浪費を抑え込むための法整備を進め、管理の仕組みを作り上げていくとみられる。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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