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「運動しない」「大量のステーキ」で体型維持――金正恩氏のそっくりさんに身の危険はないのか

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
北朝鮮応援団に笑顔を見せるハワードX氏=聯合ニュースより筆者キャプチャー

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長のモノマネで有名になったオーストラリアのハワードX氏が、韓国・平昌五輪(2018年)の会場に姿を現した際、北朝鮮関係者とみられる人物から足蹴りを受け、打撲していたことを明らかにした。北朝鮮では金委員長は「最高尊厳」とされ、そのイメージを損ねる行為を見つければ、排撃するよう教育されている。脱北者による金委員長批判ビラをめぐり北朝鮮が激しく態度を硬化させるなか、「最高尊厳」のモノマネに対する北朝鮮の反応が気がかりだ。

◇韓国にも大阪にも香港にも

 英大衆紙「デイリー・スター」は13日、ハワードX氏にインタビューした。

 ハワードX氏は平昌五輪に合わせて韓国を訪問。2018年2月14日にあったアイスホッケーの南北合同チーム対日本の試合の際、北朝鮮の女性応援団の前に姿を現した。その時、応援団が手にしていたのと同じ、青色の朝鮮半島の描かれた小旗を振りながら、応援団に向かってほほ笑んだ。

 インタビューでハワードX氏は「この時、北朝鮮工作員に襲われた」と証言する。

「私は北朝鮮のチアリーダー(応援団)たちに会った。だが、彼らのボディーガードは私のやっていることが気に入らず、私をわきに連れて行って、足蹴りした。周囲にはテレビカメラがあったので、殴るようなことはしなかった。彼らは玄人で、テレビに映っていないことを確認して数発、強く足蹴りした」

 ただ、ハワードX氏が何を根拠に「工作員」と判断したのかはっきりしない。

 この場面で話題になったのが、「最高尊厳」のモノマネに遭遇した時の応援団の表情だった。大半は無視していたのに、一部の女性たちが笑顔を見せたり、隣の団員と言葉を交わしたりする様子がカメラに映されていた。「彼女たちは帰国後、処分を受けるのではないか」。韓国などでこう心配する声がささやかれた。

 ハワードX氏は昨年2月の米朝首脳会談が開かれる直前、ベトナム・ハノイに飛び、トランプ米大統領のそっくりさんと見世物を披露しようとした。だが金委員長が到着する前日、ベトナム当局から退去を命じられた。当時、ハワードX氏は「ビザが有効ではないという説明を聞いたが、本当の追放の理由は、私が金正恩氏に似ているからだ」と話していた。トランプ氏のそっくりさんはハノイにとどまることができたようだ。

 昨年6月には大阪での20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に合わせて来日し、大阪城公園でトランプ氏のそっくりさんと握手を交わして「サミットの成功を願う」と語るパフォーマンスを見せた。今年4月には新型コロナウイルスの感染防止のためのマスクを着用して、抗議行動が激化していた香港を訪れた。

◇「北朝鮮は脅すようなことはしない。殺すだけ」

 ハワードX氏は40代前半とされる。本名は明らかにしていない。金正恩氏が最高指導者になって間もない2013年ごろ、モノマネを始めたという。

 米ニューヨーク・ポスト紙(5月7日電子版)によると、「運動しない」「質の高いステーキを大量に食べる」などの方法で体型を維持し、24時間体制で「なりすまし」を続けているという。

 今年4月中旬に金委員長の公開活動が途絶え、5月に本人が久しぶりに姿を見せた時、ごく一部に「あれは影武者だ」と茶化す声があった。ハワードX氏は「北朝鮮のリーダーは食糧不足のあの国で、納得のいく代役を見つけることはできないだろう。なぜなら、彼はあまりにも太りすぎているからだ」と皮肉った。

 ハワードX氏はユーチューブで動画を公開している。金委員長に扮して核爆弾に求愛する場面を演じた「LITTLE BIG―LollyBomb」は今年6月15日現在で再生回数は1億を超えた。

 デイリー・スターのインタビューで「北朝鮮から死の脅迫を受けたことがあるか」と尋ねられた際、ハワードX氏は「北朝鮮は脅すようなことはしない」と答え、この時点で脅迫を受けていないとの認識を示した。一方で「彼らが何らかの行動を起こすなら、ただ、殺すだけだ」とも語り、恐怖心を抱いていることを示唆した。

 北朝鮮が「最高尊厳」を芸のネタにされて、そのまま放置しておくだろうか。北朝鮮側がハワードX氏のパフォーマンスをどこまで深刻にとらえているか不明だが、ハワードX氏が今後、影響力を持ち、そのパフォーマンスが北朝鮮側に浸透するような事態になれば、何らかの措置を取る可能性も否定できない。

 金委員長の権威が貶められて北朝鮮が猛反発した例は少なくない。

 ソニー傘下のソニー・ピクチャーズエンタテインメントが2014年にサイバー攻撃を受けたのは、金正恩氏の暗殺をテーマにしたコメディー映画「ザ・インタビュー」を製作したことが原因とされる。最近でも、韓国の脱北者らが金委員長批判のビラなどをアドバルーンに載せて飛ばしたのに対し、金委員長の金与正党第1副部長が報復を予告し、南北関係の緊張が続いている。

 ハワードX氏は今後も同様のパフォーマンスを続けると明らかにしている。既にトランプ氏のほか、英国のジョンソン首相やフィリピンのドゥテルテ大統領のなりすましと連携しており、現在、中国の習近平国家主席やブラジルのボルソナロ大統領の代役を募集しているという。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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