動画は発信するが、外のものが入ってくると困る――北朝鮮「外国の映画・歌には気をつけよ」

1959年、映画鑑賞会を指導する金正日氏(「主体芸術の偉大なる年輪」より)

 外国映画を鑑賞し、外国音楽を聴くと、住民に意識変化が起き、頑強な独裁体制が揺らぎかねない――北朝鮮当局が最近、こうした危機感をあらわにしている。制裁の長期化と新型コロナウイルス感染拡大防止のための国境閉鎖によって経済は困窮しており、住民に思想的動揺が起きかねないためだ。最近、北朝鮮はYouTubeなどでプロパガンダ情報の発信(参考資料:「ここ日本では我々のような貧乏人の政治参加は夢なのです」よく見れば北朝鮮によるツイートだった)を加速させる一方で、検閲を経ない外部情報の流入には強い警戒感を抱いている。

◇外部エンタメへの接近禁止

 北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は5月26日、「思想・文化陣地をすべての方向において固めることの重要性」と題する論文を掲載した。

 その中で、金正恩委員長の言葉が紹介され、「人々の精神を侵食し、社会を変質・堕落させるような、あらゆる不健全・異色な現象」について、どんなにささいな要素であっても警戒心を持つよう指示している。

 論文は、米国などによる北朝鮮への外部情報浸透の動きを念頭に次のような現状認識を示している。

「こんにち、帝国主義者たちは、腐った思想・文化を、文章や旋律、生活用品の中に巧みに隠し、われわれの内部に押し込むことをしつこく画策している」

「わが人民の革命意識、階級意識を麻痺させ、社会主義制度の根幹を揺さぶり、われわれを内部から瓦解させようとしている」

 そのうえで「もし1編の映画、歌の1曲にも、意識・感覚をはっきりと働かせて向き合うことができなければ、民族文化は次第に変色し、腐ったブルジョアの生活風潮が蔓延することになる」と警告している。

 北朝鮮では基本的に、映画や音楽は体制宣伝・政治教育のための手段であり、当局の検閲をパスしたもの以外には視聴できないことになっている。

 だが、党幹部らには規制は適用されないようだ。金委員長の父、金正日総書記が外国の映画・音楽に通じていたのは有名な話で、自らは外国作品を好んで鑑賞していたにもかかわらず、住民にはそれを禁じてきたという経緯がある。

◇高度化する取り締まり

 北朝鮮での外国の映像・音楽作品に対する取り締まりは年々厳しくなり、その方法も高度化しているようだ。

 韓国・統一研究院が刊行した「2020北朝鮮人権白書」によると、北朝鮮当局は違法な動画視聴の増加に対応するため、特別に「109サンム」と呼ばれる組織をつくり、治安機関に常駐させて摘発を加速させている。

 この「109サンム」は「電波で映像を検出する機械」を導入したとされる。具体的な記述はないが、白書は「どんな映像を見たのか出てくるため、これに引っかかってしまえば、なすすべもなく取り締まられる」としている。ただ、取り締まり強化の一方で、検閲当局に賄賂を支払って、刑罰を逃れる例も横行しているという。

◇「鼻カード」

 米政府はこれまで、北朝鮮が核・ミサイル実験を強行したことに対する制裁の一環として、この外部情報浸透を強化してきた。北朝鮮住民が、当局の検閲を経ていない外部情報に触れる機会を増やして意識に変化を起こさせ、内側から体制転換を図りたい考えだ。

 具体的には、小型ラジオのほか、USBやDVD、タブレット端末などを、韓国から飛ばしたドローンなどで散布したりする。こうした媒体を通して、国際情勢を伝える動画や、韓国ドラマなどの「資本主義遊び人風のコンテンツ」を拡散させる。視聴した北朝鮮住民らが当局の主張を客観視できるようにするとともに、韓国や米国など西側社会の豊かな現実を見せつけることで発想転換を促す狙いがある。

 北朝鮮の元駐英公使で韓国国会議員の太永浩氏によると、かつて北朝鮮での情報取得手段は主にラジオだったが、金正恩体制に入って以後、情報技術(IT)が飛躍的に伸びたという。若者の間でスマートフォン向けのマイクロSDカードが流通し、検閲時には鼻の穴に隠すという。このためマイクロSDカードは「鼻カード」の隠語で呼ばれているそうだ。北朝鮮の若者に「“鼻カード”はあるか?」と聞けば、それは外国映画などをカードに保存してあるか、という意味になるという。