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海外メディアも、政治を語る外交官も、アムネスティも、みんないなくなる――香港市民が中国法案に焦燥感

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
国際的な金融・物流都市、香港が揺れている(アフロ)(写真:アフロ)

 中国本土が進める香港への「国家安全法」整備に対し、香港側に焦燥感が募っている。法適用の結果、中国共産党の方針に合わない言動が排除されるのは間違いなく、自由を失った香港から人・投資が逃げる恐れも出てきた。国際都市・香港は姿を変えようとしている。

◇米国の介入を意識

 中国中央テレビ(5月24日)によると、韓正・副首相は国政助言機関・中国人民政治協商会議(政協)委員との会合で、今回、措置を持ち出した理由を次のように説明した。

「『香港独立』や『黒暴(黒い服を着て暴力をふるう)』に従事するごく少数の人たちを法律に従って処罰して、外国の干渉に断固反対することは、絶対多数の香港市民の正当な権利と利益を保護し、香港の長期的な安定と繁栄を保護することにつながる」

 香港メディアによると、草案には七つの条文が盛り込まれている。

 このうち、第2条は「国家は、いかなる外国・域外勢力による香港の業務への干渉に反対し、それに対抗するために必要な措置を取り、外国・域外勢力による香港での分裂、転覆、浸透、破壊活動を防止、抑制、処罰する」とうたっている。「浸透」は外部勢力の影響力が染み込むことを意味する。中国側が米国などの介入を強く意識していることが読み取れる。

 第3条では「国家主権、統一と領土保全は、香港の憲法上の責任である。香港政府は可能な限り早期に、香港基本法が規定する国家の安全を守る立法を完了しなければならない」と盛り込み、香港政府の手で法を整備することの必要性を改めて強調した。

 第4条では「中央政府の関連機関が、必要に基づき香港に機関を設置すること」を求め、第5条では「香港行政長官が、国家安全の宣伝教育や取り締まり状況を定期的に中央政府に報告すること」を規定している。

 また第6条では「中国の全国人民代表大会(全人代=国会)常務委員会が、香港基本法付属文書3に、関連する法律を盛り込み、香港政府が現地で公布・実施する」としている。

◇強い警戒

 こうした動きに対し、香港では緊張感が一気に高まっている。中国政府に批判的な論調で知られる香港紙「リンゴ日報」は、現地の時事評論家で本土生まれの李怡氏の次のような話を掲載している。

「第2条により、さよなら世界最大の人権NGO『アムネスティ・インターナショナル』、さよなら国際人権団体『ヒューマン・ライツ・ウオッチ』、さよなら香港に駐在する各国の政治担当外交官、さよなら外国メディア」

「第4条によって、中国の国家安全機関が香港に入り、執務にあたることができる。つまり、調査、監視、人を捕まえることなど簡単にできる」

「第6条に従えば、基本法付属文書3により全人代が香港法を直接、策定できることになり、中国法の支配の始まりだ。付属文書は香港政治を無限に圧迫する法律事典」

 香港に国家安全法が導入されれば、中国共産党を批判する言論は摘発の対象となる。党批判の書籍を扱う書店は営業できなくなり、インターネット上でも天安門事件や法輪功などの問題を語れなくなる。毎年6月4日に開かれている天安門事件の追悼集会は違法扱いされるだろう。司法の独立が脅かされるのも間違いない。

 米国は「一国二制度」の維持を前提に、香港に関税や査証(ビザ)などの優遇措置を与えているが、今回の安全法導入の動きに対抗して、措置の見直しを示唆している。

 こうした状況が進めば、人材・投資の流出は止まらなくなり、国際的な金融・物流都市としての香港の存在感がなくなる可能性も出てきた。

◇中国本土、あくまで「暴力排除」

 中国国営新華社通信は香港発記事で次のような報道を繰り返している。

「香港市民の多くが、国家安全を守るための関連法制定を支持しており、法施行が香港の安全の回復と繁栄に役立つと信じている」

 新華社は、賛同した香港市民が街頭で署名活動を展開していると伝える。香港各紙には同法を支持する中国企業の意見広告も掲載される。

 同時に、若者によって混乱が引き起こされている場面があれば、ネット上で拡散させているようだ。香港で5月24日に撮影されたとみられる動画には、路上に倒れた男性に対し、デモ参加の若者らしき4、5人が殴る蹴るの暴行を加え、男性が流血しながら逃げる様子が収められていた。現地メディアによると、男性は弁護士で、病院に搬送されたという。デモによるバリケード設置をめぐって口論になったとされる。

 中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報の胡錫進編集長は、中国本土では利用できないはずのツイッターにこの動画を投稿し、「ワシントンがバックにいる香港の民主主義が本当はどのようなものか見てみよう」と書き、米国に非難の矛先を向けている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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