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「ここ日本では我々のような貧乏人の政治参加は夢なのです」よく見れば北朝鮮によるツイートだった

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
「あなたを連れて高麗に行く」が配信した動画の一部(筆者キャプチャー)

 北朝鮮はここ数年、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通した宣伝活動に力を入れている。特に中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」を使い、平壌市民らの現状を紹介する情報発信を活発化させている。国営メディアのような「強面」ではなく、ソフトなイメージを表に出して支持者の取り込みを図っている。

◇北朝鮮らしくない動画

 微博には北朝鮮当局が開設した「New DPRK(新しい朝鮮民主主義人民共和国)」「あなたを連れて高麗に行く」などのユーザー登録がある。

「New DPRK」を見ると、5月16日の配信に「あなたを連れて朝鮮切手博物館に行く」というタイトルの動画がある。

 案内役の20代とみられる女性が「きょうはみなさまに私の趣味をご紹介いたします」と言いながら、博物館の中に入っていく。動画ではクラシックをポップ調にアレンジした軽快な音楽が使われる。国営メディアのような威圧的なイメージは避け、親しみやすい雰囲気を演出している。

 館内紹介では展示品が次々に映し出される。演説する金正恩朝鮮労働党委員長、その父・金正日総書記の肖像画、朝鮮人民軍、動植物、革命の歴史など、多様なテーマの切手が掲げられている。

 女性は朝鮮語で解説し、すべてに中国語の字幕が添えられている。「この小さな切手の中に、さまざまな歴史や出来事を見ることができます。それが、私が切手を好きになった理由の一つです」「みなさんも機会があれば、(北)朝鮮の切手をたくさん集めてください。そうすれば朝鮮の素顔が理解できますよ」と勧めている。

 ちなみに北朝鮮では毎年多種多様な切手が発行される。海外の収集家をターゲットにして外貨収入を図っているためだ。米CNNテレビの取材に答えた北朝鮮専門家のロス・キング氏(カナダ・ブリティッシュコロンビア大アジア学科長)によると、現在は欧米で切手を収集する人がほぼいなくなり、北朝鮮は中国に照準を絞るようになったという。そのため、ここ数年は中朝関係や、中国の若者文化をテーマにした切手が増えているという。

 もうひとつ、「あなたを連れて高麗に行く」は4月21日に「BACK TO CAMPUS(キャンパスに戻る)」をテーマに「実写平壌/20日(北朝鮮の)全国の大学が授業開始/中国語学部の学生を取材する」という動画を配信している。

 現地大学生とみられる女性が中国語を話しながら、学生たちに登校の感想を聞いている。ある男子学生は「私は物理学科の学生ですが、建築に興味があります」「(金委員長が建設に力を入れる)平壌総合病院の建設工事を手伝いに行くつもりです」と意気込む。別の男子学生は「世界で広範囲に(新型コロナウイルスが)まん延しているのに、わが国だけが一人の患者もいない。私は我々の社会主義制度の優越性を体で深く感じている」と宣伝していた。

◇増えるSNS利用

 金委員長の時代になって、北朝鮮当局は微博やツイッターのほか、フェイスブックや中国の動画共有サイト「優酷網」などを積極的に活用して対外宣伝を展開するようになった。

 宣伝サイト「わが民族同士」は2010年7月にツイッターやユーチューブ、フェイスブックなどにユーザー登録して以来、SNSでのプロパガンダの中心的な役割を果たしている。フェイスブックやユーチューブの登録は頻繁にブロックされているようだが、ツイッターでの活動は続き、今も1万5000人以上のフォロワーを持つ。

 また政府系サイト「朝鮮の今日」やアリラン協会運営「メアリ(こだま)」にもツイッターなどにユーザー登録があり、情報を発信している。

 ただ、こうしたユーザーの中には、架空団体だったり、一人なのに複数の人間が活動しているように見せかけたりする例もあるようだ。

 北朝鮮専門サイト「NKニュース」(2019年3月22日)によると、ツイッターで「@coldnoodlefan」(冷麺ファン)というユーザーを名乗るコンテンツのほとんどを、北朝鮮を拠点とする「曙光」メディアグループが発信しているという。ここには「朝鮮の今日」などで発信される素材に共通しているものもある。

 2019年3月には2000人台だった「@coldnoodlefan」のフォロワーも、この原稿を書いている時点(今年5月19日)では6566人に膨れ上がっている。一方、「@coldnoodlefan」側がフォローする対象者も多く、米紙ワシントンポストや米AP通信などのメディア▽ボルトン氏(元米大統領補佐官)や中国の崔天凱駐米大使ら要人▽新型コロナウイルスに関する情報発信者▽北朝鮮の立場を日本語で発信する「高麗ジャーナル」のコラム執筆者――らを含む2700人以上にのぼる。

 かつて「@coldnoodlefan」は日本在住者を装ったこともある。NKニュースによると、2018年7月に「政治活動の自由はおそらく人権に由来するものです。NK(北朝鮮)では一般住民が政権運営に参加できるそうです。ここ日本では、政治参加というものは、我々のような貧乏人にとって夢に過ぎません」と英語でツイートしていた。このツイートは既に削除されている。

 NKニュースがその後、「@coldnoodlefan」に国籍を尋ねると、「私はロシア人です。ふたつのコリア(韓国と北朝鮮)の共通点と相違点を理解しようとしているだけです」と答えたという。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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