北朝鮮の秘密資金25億円を暴いたワームビア氏遺族の執念「死ぬまで北朝鮮政権崩壊に力を尽くす」

一般教書演説の際に紹介されるワームビア氏両親(米ABCテレビのウェブサイトより)

 北朝鮮に抑留され、死亡した米国人大学生のオットー・ワームビア氏の両親が、米国内の銀行で凍結されている北朝鮮関連口座の資金2379万ドル(約25億4900万円)をあぶり出した。両親は米政界やユダヤ人ネットワークなどを動員し、世界各地に隠されている北朝鮮の秘密資金を追っている。こうした資金の差し押さえが、息子の無念を晴らすことにつながる保証はないが、北朝鮮への心理的圧力になるのは間違いなさそうだ。

◇執念の追跡

 両親は2018年4月、北朝鮮側に10億ドル(約1070億円)の賠償金を要求する訴訟を米首都ワシントンの連邦地裁に起こした。連邦地裁は同年12月、「北朝鮮にはワームビア氏の拷問、人質、超法規的な殺人に関して責任がある」と、5億100万ドル(約536億円)の支払いを命じた。北朝鮮側は裁判に出席していないうえ、そもそも経済制裁により米国の金融システムから排除されており、資産の差し押さえなどは困難とみられていた。

 北朝鮮側が支払いを拒否すると、両親は、北朝鮮が世界各国に保有する資産を探し出して、それを差し押さえることにした。その結果、米政府系放送ボイス・オブ・アメリカ(VOA)放送(韓国語版)によると、JPモルガン・チェース銀行口座の1757万ドル▽バンク・オブ・ニューヨーク・メロンの321万ドル▽ウェルズ・ファーゴの301万ドル――の計2379万ドル(約25億円)の北朝鮮関連資金を探し当てた。

 口座番号と名義人に関する情報があれば口座差し押さえを申請できることから、両親は銀行に資産の詳細を公開するよう求めたが、銀行は「顧客情報を漏らす行為になり得る」と難色を示した。このため両親がワシントン連邦地裁に対し、三つの銀行が▽北朝鮮関連資金の口座番号▽名義人▽その住所――などの詳細を開示するよう訴えると、連邦地裁は今年5月11日、「詳細を両親に提供してよい」との命令を出したという。

 VOAによると、将来的に対北朝鮮制裁が解除され、北朝鮮側がこうした口座に凍結されていた資金を引き出そうとしても、両親が差し押さえを申請しておけば、それが不可能になる。一方で、両親が直ちに賠償金を受け取れる可能性も低い。北朝鮮の海外資産は第三国の国籍を持つ人物の名義になっていたり、北朝鮮に資金を融資して返済されていない第三国政府が既に権利を主張したりしている例が多い。利害関係も複雑なため、執行に向けた法廷闘争の長期化は避けられない。

◇死因で対立

 米バージニア大の3年生だったワームビア氏は北朝鮮旅行中の2016年1月に拘束され、北朝鮮の最高裁により同年3月、国家転覆陰謀罪で労働教化刑15年を言い渡された。「滞在先の平壌・羊角島国際ホテルから政治スローガンの書かれた展示物を持ち帰ろうとした」ことが敵対行為と認定された。

北朝鮮で2016年3月16日、労働教化刑の判決を言い渡され、連行されるワームビア氏(朝鮮中央通信よりキャプチャー)
北朝鮮で2016年3月16日、労働教化刑の判決を言い渡され、連行されるワームビア氏(朝鮮中央通信よりキャプチャー)

 だが刑執行中の2017年6月、ワームビア氏が昏睡状態になっていることが判明。米朝間で交渉が進められた結果、同月13日に解放され帰国が実現したものの、19日に死亡した。22歳だった。容体について、病院の担当者は「深刻な神経上の損傷」と述べ、脳組織が広範囲にわたって壊死しているとの診断結果を公表していた。

 北朝鮮側は「ボツリヌス菌による症状が出て体調を崩し、睡眠薬の服用後に昏睡状態になった」と釈明したが、両親は信じず「組織的に拷問された」と主張。「髪の毛はそられ、目が見えず耳も聞こえない状態で、腕と脚は完全に変形していた」「足には大きな傷があった」「誰かがペンチを使って彼の下の歯並びを変えたようだった」と訴えた。

 他方、米ABCテレビによると、中西部オハイオ州の検視官は同年9月27日の記者会見で「歯に外傷の痕はなかった」「長期間、脳の酸素や血液が欠乏していた」との見解を示しながらも「彼に何が起きたのか、わからない」「結論を導き出すだけの十分な証拠がない」と述べるにとどめた。

 ワームビア氏の死亡によって米国内の世論は硬化した。議会も北朝鮮に対する圧力を強化し、北朝鮮と取引する個人や金融機関が米国の金融機関と取引できないようにする「オットー・ワームビア対北朝鮮銀行業務制裁法案」を打ち出し、上院が19年6月27日には可決している。

◇大物政治家に電話できる関係

 韓国紙・朝鮮日報によると、ワームビア家は米オハイオ州に住むユダヤ人家系。裕福で影響力もあり、「両親は州知事レベルの大物政治家とも普通に電話ができる関係」とも噂されている。子供3人の長男だったオットー・ワームビア氏が死亡すると、両親は全世界のユダヤ人ネットワークから支援を受け、あらゆる人脈を使って北朝鮮の資産を徹底して追跡してきたという。

 米国が19年5月、朝鮮人民軍傘下の企業が所有し北朝鮮で2番目に大きな貨物船とされる「ワイズ・オネスト」号を差し押さえた際、両親はこれを賠償金の支払いに使えるよう求める訴えを起こした。

 また、ドイツの北朝鮮大使館の敷地で北朝鮮当局が運営していたホステルについても訴訟を起こし、今年1月にドイツの裁判所から営業中断の判決を勝ち取っている。

 ワームビア氏の母シンディ氏は「北朝鮮は(抑留する)子を間違った。私は死ぬまで、北朝鮮政権崩壊のため力を尽くすだろう」と語ったという。