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新型コロナの危険察知の“コウモリ女”の口を封じた17歳下“美人”上司

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
武漢ウイルス研究所の王延軼所長(研究所ホームページより)

 中国湖北省の中国科学院武漢ウイルス研究所でコウモリ関連のコロナウイルス研究を統括してきた石正麗氏(1964年生まれ)について、オーストラリアのメディアが「中国当局に口止めされていた」と伝え、波紋を呼んでいる。そこには“情実人事”で研究所トップに抜擢された30代女性も関与しており、石氏ら第一線研究者との確執が複雑に絡んでいる。

◇「情報を漏らすな」

 オーストラリアのニュースサイト「news.com.au」は5月3日、石氏と武漢ウイルス研究所をめぐる確執を詳細に記している。

 同サイトは、中国当局が12月30日、石氏の研究チームに血液サンプルを分析するよう求めた▽分析の結果、石氏は新型コロナウイルスが人を殺すということを知った▽したがって石氏は、新型コロナウイルス感染により武漢で人が死んでいたことを知る世界最初の科学者の1人ということになる――と位置づけている。

 新型コロナウイルス感染拡大後、石正麗氏は中国人ジャーナリストと接触。このジャーナリストは同サイトの取材に「武漢ウイルス研究所は今年1月2日の段階で遺伝子配列と関連の実験を終えていた。だが口封じされた」との見方を示したという。実験の詳細は記されていない。

 これを裏付けるかのように、同じ1月2日、同研究所の王延軼所長が「重要提示」「武漢の原因不明の肺炎に関連した(情報の)公開を厳禁とする通知に関して」と題する電子メールを研究所の全職員に送っている。その中で王延軼氏は次のように記している。

「最近、原因不明の肺炎が社会のパニックを引き起こしている。我々は現在(それに)関連した業務を進めている。国家衛生健康委員会はメディアや個人メディア、ソーシャルメディア、提携企業を含む部外者に今回の肺炎の情報を漏らさないよう要求している」

 研究所による「遺伝子配列と関連の実験」と所長のメールの関係は不明だが、こうした事実関係が正確であれば、中国当局は1月2日の段階で、事態の深刻さを把握して情報管理を進めていたことになる。

 同サイトは、石正麗氏が4月のオンライン講義で「自分たちのチームは1月14日、自分たちが特定したウイルスが、ヒトに感染する可能性があることを確認した」と話した、と伝えている。中国当局が「ヒト・ヒト感染確認」と発表(1月20日)する6日前だ。

 石氏をめぐっては現在、オーストラリアを含む英語圏5カ国の情報ネットワーク「ファイブ・アイズ」が調査を試みているとされる。同サイトによると、石氏は「安全管理が不十分なため誤って新型コロナウイルスが漏れ出たのではない」との主張を続けているという。ただ、米科学雑誌とのインタビューでは、石氏は感染が爆発的に拡大した際には「眠れぬ夜が続いた」と弱気になっていたようだ。

 オーストラリアは新型コロナウイルスの起源を調べるための独立調査機関の設立を呼び掛けており、中国との関係が険悪化している。(参考資料:「新型コロナの真相調査を!」叫ぶオーストラリアに中国がちらつかせる“制裁”)

◇“情実昇進?”美人所長

 実は、武漢ウイルス研究所では所長の王延軼氏をめぐるいざこざが起きていた。

 王延軼氏は1981年生まれ。2004年に北京大学生命科学学院卒業後、2006年に米コロラド大学で修士号を取得。帰国して2010年、武漢大学生命科学学院で博士号を取得した。2012年に武漢ウイルス研究所に入り、2018年に37歳で所長になるというスピード出世を果たしている。

 この人事に批判が集中している。本人の実力ではなく、15歳年上の夫・舒紅兵武漢大学副学長の七光りをバックにしているという声が根強いのだ。

 舒紅兵氏は1967年、重慶生まれ。免疫学が専門で、2013年には武漢大学副学長、2014年には武漢大学医学研究院長を兼任している。北京大学生命科学学院で特任教授を務めていた2000~2004年、教え子だった王延軼氏と知り合った。インターネット上では「王延軼氏は舒紅兵氏の4度目の結婚相手」と噂されている。

 こうした事情もあり、武漢ウイルス研究所では不満が噴出し、規律が緩んでいたという。

 事態を案じた中国生命科学界の権威、饒毅・北京首都医科大学学長(元北京大学生命科学学院教授)は2月3日夜、舒紅兵氏に「微信」(WeChat)でメッセージを送り、こう苦言を呈している。

「武漢ウイルス研究所の研究はウイルス学が中心であり、王延軼氏はその専門家ではない。多くの研究者たちも彼女をリーダーとして認めていないだろう。これでは研究所の威信は保てず、指導力も発揮できない」

「彼女の研究レベルはまだ低い。そんな状況では武漢ウイルス研究所は国内で尊重されず、発展も難しい」

「彼女は若すぎる」

 そのうえで「最良の解決方法は、彼女に辞職願を提出させ、中国科学院に害を及ぼさないようにすることだ。あなたの夫人は明らかに、武漢ウイルス研究所のリーダーとして適任ではない」と強烈に批判している。

 また饒毅氏はメッセージの冒頭で、舒紅兵氏が、教え子だった王延軼氏に手を出した点にも触れ、「私が(北京大学生命科学学院教授に)就任してからは教え子との恋愛は禁止した」と記し、舒紅兵氏自身にも批判の矛先を向けている。

 武漢ウイルス研究所をめぐるトラブルはこの後も続く。

 王延軼氏が全職員に送ったメールが流出したのが2月16日。その翌日には、実在する武漢ウイルス研究所の研究員が中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」上で身分証番号を明らかにしたうえで王延軼氏を誹謗中傷する文章を公開した。

「新型コロナウイルスは王所長が漏らした」

「王所長はいつも研究所から実験用動物を持ち出して、武漢華南海鮮卸売市場で売っていた」

 この投稿はデマとして扱われ、削除された。研究所のホームページは即日、当該研究員名義で「事実ではない」とする声明を出すほどの神経の使い方だった。

 こんな険悪なムードの中で持ち上がっているのが、石正麗氏亡命の噂というわけだ。(参考資料:新型コロナで注目の“コウモリ女”が「中国から機密文書を持ち出して米国に亡命」情報の真偽)

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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