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「金正恩氏は99%死亡」公言の脱北政治家 韓国で「責任取れ」とつるし上げに

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
北朝鮮出身の政治家の発言を取り上げた韓国YTNテレビ(筆者キャプチャー)

 北朝鮮の公式メディアが金正恩朝鮮労働党委員長の公開活動を報じ、健在ぶりが明らかになったことで、韓国内で「死亡説」などを公言した元脱北者の政治家に対して「無責任だ」「謝罪せよ」などの厳しい批判の声が出ている。「『見てきたような話』は自制せよ」などの意見も強く、今後の北朝鮮情報の取り扱いに影響が出そうだ。

◇飛び交った「検証されない重病説」

 韓国の北朝鮮専門ニュースサイト「デイリーNK」が先月20日、金委員長が同12日に平安北道の専用病院で心血管疾患の手術を受けたと報じ、米CNNも翌日、速報で「金委員長が重体になっている」と伝えた。

 この報道を受け、韓国の北朝鮮出身者からも発言が相次いだ。特に、韓国総選挙(先月15日)で当選した2人の意見に注目が集まった。

 そのひとり、野党・未来韓国党の比例代表候補として当選した池成浩氏は韓国メディアのインタビューに「金委員長の死亡を99%確信している」「北朝鮮は今週末、金委員長の死亡の事実を発表する」「後継問題のため死亡発表時期が遅れている」などと述べた。

 もうひとりは北朝鮮の元駐英公使、太永浩氏。総選挙では保守系野党・未来統合党からソウルの選挙区で出馬して当選した。

 太永浩氏は当初は「健康異常説を後押しするこれといった動向はない」「金委員長は対内外のメッセージを出すなど普通に活動している」「北朝鮮の軍や党、内閣などでも特別な動きが感知されたわけではない」と慎重な見方を示していた。だが先月28日の段階では、CNNのインタビューで「一つ明らかなことは、金委員長は自ら立ち上がったり、しっかり歩いたりができない状態だ」と述べ、「重病説」を後押ししていた。

◇「『見てきたような話』は自制を」

 こうした脱北者出身の政治家の言動には当初から、韓国のインターネット上で疑問視する声が相次いでいた。

 特に池氏に対しては「彼が知っているわけがない」「極秘情報を知る消息筋と連絡できるはずがない。もしできたらスパイということになる」「国家保安法違反だ」と信ぴょう性を疑う声が数多く上がった。ただ、池氏らの言動が検証されない状態が続き、韓国市民の間には「あり得る話かもしれない」「事実であれば、いったい世の中はどうなるのか」「不安になってきた」などの意見も出始めた。

 ところが、北朝鮮の公式メディアが2日、金委員長の健在ぶりを報道したことで、一転、池、太両氏に対する風当たりが強まった。特に両氏が野党政治家ということもあって、与党政治家から批判の声が相次いだ。

 韓国紙、朝鮮日報によると、与党・共に民主党の朴範界議員は2日、フェイスブック上で、両氏に向かって「金委員長に唾を吐くような言葉の根拠は何であり(それは)合法的なのか」「いわゆる情報機関が活用するヒューミント(スパイ活動)情報なら、それを用いる権限と資格があるのか。それとも、単に推測に過ぎない扇動だったのか」と書いた。そのうえで「過去数日間、国民を不安に陥れた。そのように扇動した責任を負うのか」と問いかけた。

 総選挙で当選した与党の崔康旭・元韓国大統領府公職紀綱秘書官もフェイスブックに「脱北者の偽ニュースがいまや、国会を通じて流布される危険性が生じた」と記すに至っている。

 今回の金委員長に関する一連の報道を受け、元脱北者による情報に関して「これからは『北朝鮮に行って、自分の目で見てきた』ような話を流布するようなことは慎んでほしい」「どのような経路を介して、誤った情報を取得したのかなど、詳細に説明して、心から謝罪せよ」「『私だけが知っているから』という調子の話は自制しろ」などと警告する有識者らの意見が広がっている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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