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「パンダ病」「武漢ウイルス」……差別表現が続出 中国が激怒

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
新型コロナウイルスの感染状況を知らせるWHOのウェブサイト

 新型コロナウイルスの集団感染発生地である中国が、世界各国で使われる新型コロナウイルスの呼称に敏感になっている。トランプ米大統領が「中国ウイルス」と表現したように、新型コロナウイルスと中国を結び付ける傾向があるためだ。中国当局は「突然の公衆衛生事案だ」「国や人種の問題ではない」と火消しに懸命だ。

◇中国を連想させる表現

 中国側が特に神経を使っているのが米国だ。

 大統領のトランプ氏がツイッターで「Chinese virus(中国ウイルス)」と書いたのに加え、米「USA Today」などが「Chinese virus」「Wuhan virus(武漢ウイルス)」などの用語を使う。USA Todayの編集責任者は3月11日付のウェブサイト上で「新型コロナウイルスを『武漢ウイルス』と呼んでも人種差別主義者ではない」と題する文章を掲載。ウガンダウイルス(森林の名)▽日本脳炎(国名)▽ウエストナイルウイルス(河川名)――などを列挙したうえで「病名に地名を加えるのは一般的であり無害だ」と強調した。

 一方、中国共産党機関紙「人民日報」のニュースサイト「人民網」(3月22日・英語版)は「米政府がエネルギーを費やしているのは、非難をすることであり、『世界的大流行を打ち負かせるのは連帯と協力だけ』という事実を無視することである」と指摘。そのうえで「中国は1月3日以来、米国側に感染の拡大状況や、その予防と抑制方法を定期的に通知した。だが米国側は『中国がウイルスとの地球規模のたたかいのために稼いだ貴重な時間』を浪費した」と強調した。

 中国を連想させる例は米国にとどまらない。

 AFP通信によると、デンマークの日刊紙ユランズ・ポステンは1月27日付紙面で、新型コロナウイルスの感染拡大を報じる際、中国国旗の星を新型ウイルスの形に描写した風刺画を掲載した。在デンマーク中国大使館は「中国人の感情を著しく傷つける」と抗議したものの、同紙は謝罪要求には応じない姿勢を示したという。デンマークの複数の政治家も同紙の姿勢を支持し、現地紙はフレデリクセン首相の発言として「デンマークには表現の自由がある。絵を描く自由もある」と伝えている。

独シュピーゲル誌2月1日号の表紙。真っ赤な防護服にガスマスクを身につけ、iPhoneを持つ東洋人らしき男性の姿を描いた
独シュピーゲル誌2月1日号の表紙。真っ赤な防護服にガスマスクを身につけ、iPhoneを持つ東洋人らしき男性の姿を描いた

 ドイツ大手のシュピーゲル誌は2月1日号の表紙で、真っ赤な防護服にガスマスクを身につけ、iPhoneを持つ東洋人らしき男性の姿を描いたうえで、「グローバリゼーションが死のリスクをもたらす中国製コロナウイルス」というタイトルを記した。この表現には在独中国大使館の抗議だけでなく、ドイツ国内でも批判の声が上がった。

 オーストラリアの「The Herald Sun」は「中国ウイルス パンダ病」と報道し、内外で批判を浴びた。

◇WHOの命名

 中国誌「新民週刊」は、世界的な官民連携でワクチン開発を進めている「感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)」のリチャード・ハチェット最高経営責任者(CEO)が、1月の段階で「武漢肺炎」と呼ぶことは不適切であるとの立場を示したと伝えている。

 その後、新型コロナウイルスによる肺炎は世界保健機関(WHO)により「COVID(コビッド)19」と名付けられた。「COVID」とは「コロナ(corona)」「ウイルス(virus)」「病気(disease)」のローマ字を組み合わせたもの。

 WHOは2015年の段階で、名称決定についてのガイドラインを発表している。そこでは、新型ウイルスの名前に含んではいけない要素として▽地理的な位置▽人の名前▽動物や食品の名前▽特定の文化や産業の名前――を挙げている。

 テドロス事務局長は2月11日の「COVID(コビッド)19」発表の際、一部メディアが「武漢ウイルス」などと報じているのを念頭に、風評被害などを避けるため地名などは盛り込まなかったと説明した。

 WHOによる新種のコロナウイルス感染症の命名は、02~03年に中国を中心に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)や、12年以降に中東で発生している中東呼吸器症候群(MERS)の例がある。

 同誌によると、MERSの最初の名前にはサウジアラビアの略語が含まれていたという。サウジ当局が抗議した結果、国名が削除され、「中東呼吸器症候群」に変更させた。それでも「中東」という地名が残り、批判の声が上がった。

 SARSについても反対があった。香港とマカオは中国の特別行政区であり、ふたつ合わせた呼称が「SARs」(the two Special Administrative Regions (SARs) of Hong Kong and Macao)。このため香港市民はこの名称を嫌っているそうだ。

 また、狂牛病が英国で発見された際、「英国」「狂牛病」「ウイルス」を結び付けて呼ばれる例があり、英政府が直ちに抗議したという。その後、WHOは「狂牛病」と呼ぶことにし、医学的には牛海綿状脳症(BSE)と呼ばれた。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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