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目を閉じれば浮かぶ、名物料理「熱乾麺」――“封鎖”武漢で暮らす20代女子の日記(その5)

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
王さんが「食べたい」と思い浮かべる熱乾麺(百度の画像を合成)

 新型コロナウイルスの発生地、中国湖北省武漢市に住む王海霞さん(20代女性、仮名)の“封鎖生活”も2月13日で3週間となった。中国本土の死者数は同14日の1日間だけで143人も増えた。王さんには、日常の風景が戻るのは、まだまだ先のように思える。首都・北京では、春節(旧正月)連休の帰省先から北京の職場に復帰する地方出身者らに、14日間の「自宅・施設などでの経過観察」を義務付けた。

                ◇

≪2月15日、封鎖24日目です。昨日、買い出しに出ました。最大の収穫は、7斤(1斤は500グラム)の小麦粉! これは本当に貴重なものなのです。なぜかというと、ここ最近、手に入れることのできた食材は大根、レタスぐらいだから。友人グループにいる多くが「きょうの夕食は麺類」と言っていたので、みんな同じように小麦粉がゲットできたのかしら。私が買って間もなく品切れになっていましたが≫

 武漢市民の間では、このころから「失われた20日間」という言葉が、怒りを込めて使われるようになった。「原因不明の肺炎」が公表されたのが昨年12月30日。だが中国政府が本格対応に乗り出したのは1月20日になってからだ。その間に政府がしかるべき措置を取っていれば、武漢の感染拡大は食い止められたという悔しさがある。

 一方、共産党の政治理論誌「求是」(電子版)が2月15日、党の内部演説の中身を公開した。そこに記されていたのは、習近平国家主席が1月7日の段階で肺炎への対策を指示していたとする内容だった。これにより、習主席が指示した段階で湖北省や武漢市は重要会議を開いていたのに、被害状況を意図的に小さく公表し、情報公開を遅らせたという疑いがもたれるようになった。

「求是」があえて習主席の指示を明記した背景には、習指導部が「迅速な措置」を要求していたのに、地元政府の動きが鈍く、対応が後手後手に回った――という点を印象付ける狙いがある。もちろん、習主席の権威を落とさないようにするためでもある。

 ただ、王さんら一般市民には、そんなことを振り返っている余裕はない。

≪2月16日、封鎖25日目。知らず知らずのうちに、まもなく封鎖1カ月になります。きょう、風はやみ、空が晴れました。枝の先のカササギがぴいちくぱあちく鳴いています。これは、私たちに「まもなく、この事態が終わるのですよ~」と告げている、と思いたいですが、叶わぬ夢ですね≫

 中国本土での死者は17日に98人増え、計1868人となった。感染者は1886人増え、計7万2436人。国家衛生健康委員会の報道官は、湖北省以外では感染者の増加ペースが鈍化しているとした。その湖北省政府は16日の段階で、不要不急の外出を厳禁とし、違反者は処罰すると通知した。生活はどんどん締め付けられ、行動範囲は狭められていく。生活必需品も集団購入となり、配送される仕組みとなった。

≪2月17日、封鎖26日目。すべてのスーパーが個人への店舗開放をやめました。集団購入となったので、セットメニューが激増しました。商店ごとに、個別の微信(ウィーチャット)グループをつくっています。集団購入なので、店主たちはそれぞれの微信アカウントで購入情報を統計しているみたいです。ある数量に到達したら締め切られます。もし見逃したら次の集団購入まで待たなければなりません。目をしっかり開けておかなければならないので、痛くなりますね ≫

 この翌日――。象徴的な人物がこの世を去った。

 武漢にある武昌医院の劉智明院長(51)が18日午前、新型コロナウイルスの感染による肺炎で死亡した。武昌病院は、武漢における新型肺炎の第1期指定医療機関の一つ。劉院長は当初から一貫して第一線での治療に当たってきた。

≪封鎖27日目、劉院長が亡くなりました。科学者から芸術家まで、医者から警察まで、世に知られていない人から、それぞれの分野で影響力のある人まで、このたびの新型コロナウイルスによる惨事は、武漢におびただしい損害を与えています≫

 初動対応の遅れにより、武漢では医療関係者が不足し、外部からのスタッフ派遣も行き渡らない。「野戦病院」方式の臨時病院を次々に開設するものの、それでも間に合わず、入院・隔離が追いつかない。十分な治療を受けられない感染者が街を出歩いて、さらに感染を拡大させる。だから住民の外出を禁止するしかない。日増しに生活が不自由になっていった。

 王さんが集団購入した食料品が2月19日、届けられた。

≪封鎖28日目、“武装”したうえ、団地の下まで取りにいかなければなりませんでした。両手は洗いすぎて、もう感覚がおかしくなっています≫

 厳しい現実を追い払いたい時、王さんは大好きな料理を頭に浮かべる。

 いま、最も食べたいものは、武漢名物の「熱乾麺」という麺料理。ゆでた小麦の麺に芝麻醤、ザーサイ、ネギ、コショウなどを混ぜたもの。地元の典型的な朝食で、屋台などでよく売られている。

≪2月20日、封鎖29日目。武漢市民はみな、熱乾麺を恋しがっています。麺を売るおじさん、ああ……。ひと椀の熱乾麺、いいな~≫=つづく

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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