旅行中にスリにあったことは何回かあるが、だからと言ってその国の市民が不正直だとは決して思わない。何をもって、市民の正直度を測定できるのか、心理学的にも経済学的にも面白い問題だ。

今日紹介するミシガン大学からの論文はこの課題にチャレンジし、実に40カ国で市民の正直度を測った研究で7月5日号のScienceに掲載された(Cohn et al, Civic honesty around the globe(世界の市民の正直度)Science 365, 70, 2019)。

この研究では持ち主がわかる名刺と、買い物のレシート、そして鍵の入った、外から中身が見える名刺入れを小道具として用意する。実験場所は銀行、ホテル、役所、文化施設、郵便局、そして警察署を選び、窓口の人に「名刺入れをここで見つけたので持ち主に連絡してほしい」と頼んで立ち去り、連絡があるかどうかを、40カ国で17,000回繰り返して調べている。この時、名刺入れに、それぞれの国民の経済感覚で約10ドル程度のお金を入れておく場合と、お金の全く入っていない場合を設定し、お金が入っていることが連絡する確率にどう影響しているか調べている。

道で落とした財布が返ってくるかではなく、公的な機関の従業員に名刺入れを預けて持ち主に連絡させる点がポイントで、確かに一般市民の正直度を調べるいい方法だと納得する。

結果だが、持ち主に連絡する率は、ほとんど連絡されないと言える10%からほぼ連絡される70%まで大きな開きがある。最悪が中国で、最も連絡率が高いのはスイスだ。正直度の高い国には北欧の国が並ぶが、なかにポーランドや、チェコが混じっているのも興味を引く。一方、最悪国の中には、中国、マレーシア、インドネシアといったアジアの国が、アフリカや南アメリカの国と一緒に並ぶ。

ただこの結果が、お金欲しさというわけでないのは、名刺入れにお金が入っている方が連絡率が平均で10%近く上昇する。これは調べたほぼ全ての国で見られる現象で、逆はメキシコとペルーだけだ。おそらく、お金が入っていることで、自分は泥棒になるという倫理観がどの国でも働くのだろう。実際名刺入れの中に100ドル近くのお金が入っていると、さらに持ち主に返却される率は高まる。

ただ、いろいろ条件を割り出して、これが処罰されるという恐怖や同僚に監視されているという心配からでないことは確認しており、結局相手の困り方を考えて連絡するかどうかを決めていることになる。実際、鍵の入っていない名刺入れの場合、さらに連絡率が落ちる。

最後に米国の一般市民がこの様な実験の結果をどう予想するか聞いてみると、実際の結果とは逆で、お金が入っている場合は連絡されないと思っている。一方、経済専門家に同じ予想をしてもらうと、お金が入っているから返却されないと単純に考える人は少ない様で、少しは市民心理がわかっている様だが、結局正確な予想はできていない。

以上が結果で、40カ国で17,000回の実験を行ったことだけで頭がさがるし、結果も納得できるものだ。ここで測定されている正直度は、相手の困難を想像する能力と、それに合わせて行動する意志にかかっている様に思える。すなわち、自己中心主義をどう克服できているかになる。残念ながら、我が国ではこの実験は行われなかった様だが、どんな結果になるか、我が国の将来を占う意味でも興味がある。