今我が国が陥っている袋小路は、21世紀に入っても、世の中が20世紀と同じ階層性を維持して発展できると考えていることだろう。ジェレミー・リフキンの「第三次産業革命」では、地方に設置した巨大発電所から順番に電気を配分する構造をもつ原発を20世紀の階層性の象徴として描いている。21世紀は多くの分野でこの階層性が自然消滅することを可能にするインフラが整備される。IoTもAIもすべてそうだ。そして個人が電気を生産し、peer-to-peerのネットに提供する構造には階層性がない。彼にとって原発が問題なのは、安全性でも経済性でもなく、それにしがみつくことが、未来を失うことを意味するからだ。このように様々な領域で階層性を排することが21世紀なら、原発に代表される階層性にしがみつこうとしている我が国は、21世紀型発展のチャンスを失うことになる。

階層性を重視して未来を失うのは、IoTもAIでも同じだが、より顕著に現れ始めているのが、健康や医療の領域だ。一番わかりやすいのが個人ゲノムデータで、自分でお金を払ってDNA解析を依頼しても、その解釈については返事を受け取るが、生のゲノムデータを受け取ることはない(政府の規制のせい?)。

一方米国では自分の生データは自分でダウンロードできる様になっているのが普通だ。個人ゲノムといえども生データを個人に返却しないのが当たり前になっているわが国では、結局ゲノム検査も一般検査と同列で捉えられており、自分のことを何回もゲノムに戻って調べるという当たり前のことができない。当然面白くないから、わが国では個人ゲノム検査数は、延べでも100万に到達できていないのではないだろうか。一方アメリカではなんらかのゲノム検査を受けた個人の数は2千万人を越し、3千万人に到達する勢いだ。

サンプル数は少ないが、米国での個人ゲノムの利用状況を調べた論文がワシントン大学から、7月3日号のThe American Journal of Human Geneticsに発表されたので紹介する(Nelson et al, Third-Party Genetic Interpretation Tools: A Mixed-Methods Study of Consumer Motivation and Behavior(第三者が提供するゲノムの解釈ツール:顧客の動機と行動についての混合研究, The American Journal of Human Genetics, 105: https://doi.org/10.1016/j.ajhg.2019.05.014.)。

タイトルでThird Partyというのは、個人とゲノム検査を依頼した会社に対して、別の解析サービス会社を指す。

さてこの調査は個人ゲノムサービスを購入した顧客千人余りに、以下の3つのトピックスに関わる問いに答えてもらい、個人ゲノムをアップロードして用いる解析ツールををどの様に使っているか調べている。

  • どのゲノム解析サービスを使っているか?
  • 自分のゲノムに関する生のデータをダウンロードしたか?
  • ダウンロードした結果を、他の会社のサービスを利用して調べたことがあるか?

結果だが、テストを受けている人の7割が大学以上の学歴で、36%の人が一社だけでなく、複数の会社のテストを受けていることで、関心の高さをうかがわせる。ほとんどが2015年以降に検査を受けており、米国で急速にゲノム検査を受ける人が増えた時期と重なる。

検査を受ける動機だが、自分の遺伝的背景について知りたいという動機が一位で、病気のリスクを知りたいというのは3割しかない。驚くことに81%が生データをダウンロードするためにテストを受けている点で、個人にデータを返すことが顧客を増やすための鍵になっていることがうかがえる。

そしてほとんどの人が、自分のデータを他のサービスにアップロードして、ゲノムに記されていることをなんとか解釈しようと試みている。しかもそのうち8割近くが複数の会社を用いている。よく使われるのは、健康情報についてはプロメテウス、血縁関係の調査はGEDmatchだ。このGEDmatchについては、以前このブログで紹介した。また、顧客もこの様なサービスにおおむね満足している。顧客もゲノムのことがよくわかっていると思うのは、健康リスクに興味のあるの年齢は若く、親戚探しの方は年齢が高い点だ。観点を変えてこの結果を見ると、高齢者のゲノム検査に対する需要もしっかり取り込んでいる。

他にも様々なデータが示されているが割愛していいだろう。要するにゲノム検査サービスを受けている人の大半が、自分のゲノム情報を自分で所有し、もし面白いゲノム解析サービスがあれば、積極的に利用している。今話題のブロックチェーンがゲノム情報でも広がりつつあるのがわかる。

個人ゲノム検査だけでなく、ガン・ゲノム検査を見ていても感じるのは、21世紀に入ってもなお、「上から下へ」「官から民へ」という階層性にしがみついている我が国の姿だ。これは役所、政治家にとどまらず、未来を語るべき研究者のマインドも同じではないだろうか。

知り合いの若者M君は個人ゲノムサービスに夢を抱いてわが国で就職したが、この袋小路状況に幻滅して、アメリカで起業し、個人ゲノムの情報を提供するサービスを続けている。このような若者が失われる前に、個人のゲノムや健康データを自分で管理できるようにする一歩について真剣に議論しないと、我が国の活力はますます低下するだろう。