自閉症の科学30 幼児期の脳発達に介入する薬剤治療開発への期待

(提供:アフロ)

脆弱性X症候群

脆弱X症候群(Fragile X症候群:FXS)とは舌をかみそうな名前で、名前を見ただけでは何のことかわからないと思うが、我が国の難病情報センターのサイトによると少なくとも5000人(遺伝子検査を行えばおそらくもっと多くの)患者さんがおられる。様々な身体症状が認められるが、最も重要なのが知能障害と自閉症で、まだ完全に機能がわからないFMR1遺伝子の機能が低下することにより発送する遺伝病だ。

遺伝子変異の分子生物学的解析は進んでおり、遺伝子内に存在するCGGと塩基が繰り返す配列の数が増加することで、遺伝子の機能が失われることで起こる。このような3塩基リピート病の多くは、沈殿しやすいタンパク質ができて細胞が変性することが多いが、FXSの場合は、遺伝子内のCGGリピート配列がメチル化されて遺伝子の転写が抑えられることが原因であることがわかっている。

私のブログで紹介したように、一旦できたメチル化を遺伝子治療ではずすことでFXSを治すことができる。すなわち、遺伝子治療による根本治療の可能性が示されている。

一般治療薬による脳神経ネットワークへの介入

このような遺伝子治療は将来の切り札にはなっても、まだまだ開発に時間がかかる。そこで、FMR1遺伝子欠損で症状が出るプロセスを解析して、FMR1欠損の影響を受けて変化している様々な治療標的を探す試みも行われ、現在多くの薬剤が治験段階にある。その中の一つが、高脂血症に用いられるロバスタチンで、マウスモデルでシナプスの変化を正常化できることがわかり、現在8歳から55歳までのFXSの治験が進んでいる。

しかしFXSが3歳ぐらいから発症することを考えると、できるだけ早い時点で治療を行ってみたいと思うのは当然だ。とはいえ、発達期の子供の薬物治療はハードルが高く、治験を始めるには動物を用いたしっかりした前臨床研究が必要になる。

今日紹介するエジンバラ大学からの論文は高脂血症の治療に使われるロバスタチンを、脳の発達が進む早い時期に投与すれば、根本的な治療が可能になる可能性を示したラットを用いた前臨床研究でScience Translational Medicineに掲載された(Asiminas et al, Sustained correction of associative learning deficits after brief, early treatment in a rat model of Fragile X Syndrome (ラットFXSモデルを早い時期に短期に治療することで連合学習を長期にわたって正常化できる), Science Translational Medicine 11:eaao0498, 2019)。

FXSは通常3歳ぐらいで知能異常や自閉症が発見される。したがって動物モデルで実験するとき(この研究ではラット)、生後4週ぐらいで完成する行動を特定し、その機能に対する薬剤の効果を調べる必要がある。この研究ではラットで生後4-6週から発達してくる連合記憶機能(複数の感覚入力を連合させて初めて成立する、場所と対象認識機能(例えばどこでその獲物に出会った)や、場所と文脈を組み合わせた対象の認識機能(どこでどんな時に出会った)などの学習機能を指す)が、FXSモデルラットでは選択的に抑えられることを確認する。

つぎに、ロバスタチンを生後5週目から餌に混ぜて投与し連合学習能を調べると、ほぼ完全に回復していることを確認する。しかも、こうして正常化した機能は、ロバスタチンをやめた後も長く維持される。

さらにロバスタチン投与したラットの脳の生理機能についても調べ、ロバスタチンがFXSで認められる海馬のタンパク質合成の上昇をおさえ、前頭前皮質の興奮の長期増強の異常を正常化できることも示している。

結果はこれだけだが、ロバスタチンという既存薬を発達期に投与することで、遺伝的欠損があっても神経ネットワークを長期間回復させられる可能性を示した重要な貢献だと思う。

同じように、FXSではロバスタチン以外にも、メトフォルミン、アルバコルフェンなど異なるメカニズムの薬剤の治験が進んでいる。すなわち遺伝子変異があっても、既存薬で治療できる可能性がある。

個人的意見だが、安全性が確認された薬剤については、発達期の子供で慎重に治験を進めてもいい時期に来たように思う。治験を進めるための条件について早期に議論されることを期待する。というのも、FXSでの経験は、他の原因による自閉症や知能障害の既存薬剤による早期介入治療の開発に直接つながる可能性は大きく、期待は大きい。