中国のゲノム編集ベイビーは命が短いのか?

(写真:ロイター/アフロ)

昨年ヒト受精卵のCCR5遺伝子にクリスパー/Cas9で変異を導入したあと、子宮に戻した研究が南方科学技術大学Jiankui研究者らにより報告され、倫理的な暴挙だと議論が沸騰した。

この受精卵遺伝子操作の目的が、両親が感染しているエイズから生まれてくる子供を守るためという話を聞いた時から、この計画は一般の人の無知につけこんだ稚拙なプランで、目的の遺伝子以外の場所でDNAが切断される危険性を否定できない現状からみれば、生まれてくる子供を傷つける犯罪だと思った。

もちろんCCR5分子は細胞表面でエイズウイルスがT細胞に侵入する入り口になっていることから、この遺伝子はエイズ感染を防ぐ操作の標的になる。実際、この分子とエイズについては多くの物語が生まれてきた。最もドラマチックな物語は、米国のエイズ患者さんがベルリン留学中に白血病に罹患、治療としてたまたまベルリンでCCR5変異を持つドナーから骨髄移植を受けて、白血病だけでなくエイズが根治したというTimothy Brownの物語だろう(「ベルリンの患者」として有名で私のブログでも紹介した)。

このベルリンの患者さんの物語を基礎に、2014年には患者さん由来のCD4T細胞に同じ変異を導入して患者さんに戻す臨床研究も行われ、臨床のトップジャーナルThe New England Journal of Medicineに発表されている。

このような地道な積み重ねを考慮すると、エイズに感染した両親から妊娠・出産・成長期に感染から子供を守るための選択は、受精卵の遺伝子操作ではない。まず妊娠経過を慎重に見守り、出産時の感染がないよう帝王切開を行い、それでも感染してしまった場合は、自己臍帯血を使った遺伝子編集と移植治療を新生時期に行うのが順番のように思う。

さらに、これまでエイズ感染から守られた変異CCR5として物語にもなってきたΔ32と呼ばれる変異が両方の染色体に揃うと、発生や成長には大きな変化は認められないが、集団遺伝学的にネガティブな影響があることを示して、エイズ感染予防目的の受精卵の遺伝子操作が選択肢として優先順位が低いことを示した論文が、カリフォルニア大学バークレイ校からNature Medicineオンライン版に発表された(Wei et al, CCR5-Δ32 is deleterious in the homozygous state in humans (CCR5-Δ32は人間のホモ接合個体では悪い影響がある), Nature Medicine、 in press, 2019)。

この研究は英国の40万人のデータを擁するバイオバンクの中から、Δ32変異のホモ接合体(両方の染色体で変異が揃う)、ヘテロ接合体(片方の染色体上の遺伝子が変異している)を抜き出し、41歳から78歳まで、毎年の死亡率を調べて正常と比べた研究で、実際には76歳位まで生存できる確率を調べている。

大事なのは、CCR5がエイズウイルスの入り口として働くのは生物学的偶然で、実際には免疫系細胞の移動を調節するケモカイン受容体で、この分子が欠損するとなんらかの異常がおこると想定できることだ。ただ、両方の染色体でΔ32が揃っても、正常に発達し、生活をおくれることから、他のよく似た受容体によるCCR5の機能が補完されていると考えられる。しかし、欠損は欠損で、何か強い変化にさらされると、この分子の欠損がボディーブローのように聞いてくると予想できる。この研究は、CCR5の変異を持つ人を長期間追跡し、この可能性を確かめようとした。

結果は予想通りで、Δ32ホモ接合体では生存確率がはっきりと低下していた。また、白人集団で見れば、集団遺伝学的にΔ32が負の選択を受けていることも確認している(専門的になるがHardy-Weinberg平衡からのずれとして検出している)。すなわち、標的のCCR5遺伝子以外にDNA損傷を引き起こしてしまう問いう現状の技術的問題だけでなく、CCR5に変異を導入すること自体も、生まれてくる子供の不利益になると結論している。

我が国でもこの結果はいち早く報道され、「中国の双子の命が縮まる」という見出しで報道された。しかし、Jiankui研究員は名誉欲にかられたマッドサイエンティストですべて間違っているとでも言いたげな報道を見ると、これが日本の科学報道の常とはいえ、隠居としては文句の一言も言いたくなる。

要するに、遺伝子変異の影響を単純化して結果(形質)と結びつけて欲しくないということだ。Δ32が生存にネガティブな影響があるというのはあくまでもUKバイオバンクという先進国の話で、エイズが蔓延している地区ではひょっとしたら逆かもしれない。エイズが蔓延していなくても、民族と住んでいる地域によっては、変異の方が優位な場合もあるだろう。この遺伝子に限らず、ある地域では生命を縮めても、他の場所では生存に役に立つ変異はいくらでもある。致死的でない一つの対立遺伝子の選択は極めて複雑で、一つの遺伝情報だけで将来への影響など計算しきれるものではない。

例えばデザイナーベイビーに対して遺伝子だけで決まるはずはないと主張しながら、状況が変わると簡単に遺伝子だけで形質が決まるような思考の罠に陥るのを避ける見識を、わが国のメディアに望むのは高望みなのだろうか?