自閉症の科学 29 自閉症スペクトラムの薬剤治療の可能性を証明した臨床治験

オキシトシンとバソプレシンの構造

自閉症スペクトラム(ASD)治療薬の可能性が示された

このブログでも、ASDの症状を軽減する薬剤、例えばオキシトシンについて紹介してきた。他にも、自閉症様症状を示す遺伝病では、さまざまな薬剤の臨床治験が進んでいる。しかし、米国のFDAが認可したASD治療薬はまだ存在しない。ところが先週、ASDの幾つかの症状が改善することを示した科学的な手法に基づく臨床治験論文がScience Translational Medicineに相次いで発表された。FDAもこの結果に注目して、特別に審査することを決めたほどの重要な展開だと思うので、緊急に紹介することを決めた。ただ、論文を読んでみると、背景にあるメカニズムについてはかなり高度の知識が要求される。そのため、少し努力してもらうことを前提としてブログを書くが、エッセンスだけを知りたい人のために、最後に簡単なまとめを残すので、ほとんど読み飛ばしてもらっていい。

バソプレシンとオキシトシン

ASDに対する薬剤というとオキシトシンと思い浮かべる人も多いと思うが、実際にはバソプレシンとセットにして理解しておく必要がある。バソプレシンは抗利尿ホルモンとしての作用がよく知られるが、実際にはオキシトシンと同じで、脳内で分泌され、社会性などの調節に関わることが知られている。ともに、9個のアミノ酸からできるペプチドで、何と2個のアミノ酸以外は全て同じで(図を参照)、分子の構造も極めてよく似ている。

バソプレシンには3種類、オキシトシンには1種類の受容体が神経細胞への作用の入り口になっている。しかし、バソプレシンは弱くではあってもオキシトシン受容体に結合できるし、また逆も起こる。このため、オキシトシンが実際にどの細胞を刺激しているかを完全に特定することが出来ない。すなわち、オキシトシンを投与した時オキシトシン受容体細胞だけが活性化するわけではなく、両者が複雑な相互作用を行うため、それぞれの影響は複雑な相互作用の総和として現れる。すなわち、因果性をはっきりさせることが大変難しい。

バソプレシンはASDの社会性を回復させる

さて今日最初に紹介するスタンフォード大学からの論文は、6歳から12歳のASD児童に鼻粘膜からバソプレシンを4週間続けて投与することで、ASDの様々な社会症状が軽減することを示した臨床治験研究だ(Parker et al, A randomized placebo-controlled pilot trial shows that intranasal vasopressin improves social deficits in children with autism(バソプレシンの無作為化盲検法による小規模治験は自閉症の児童に対して効果を示した)Science Translational Medicine 11: eaau7356, 201)。

30人の6-12歳のASD児童を無作為化して、バソプレシンを含む経鼻薬あるいは偽薬を含む経鼻薬を毎日投与、4週間目に様々な指標での症状改善を調べている。詳細は全て省くが、社会性、反復行動、過度の不安など全てではっきりとした改善が認められ、また心配される血管や腎臓の副作用もないという素晴らしい結果だ。示されたデータを見ると、素人の私でも改善がはっきりしているのがわかる。

この治験では利尿や血圧への影響を考えて、中程度の用量を用いているが、不思議なことに血中のバソプレシンがもともと高い子供ほど改善の程度が強い。この結果は、ASDの児童ではもともとバソプレシンの分泌量が低く、その結果血中濃度の低い子供では投与した量では足りないのかも知れない。

なぜバソプレシンの治験がこれまで進んでいなかったか考えてみると、正常人にバソプレシンを投与すると、特にバソプレシン受容体の一つV1aRを介して、不安や恐怖が高まることが知られていたためで、もし同じことがASDの子供に起こると、逆効果になる。しかしこの論文は、ASDの子供についていえば、これは全く杞憂であったことを意味しており、実際不安に対する自己防衛とも言える反復行動や、不安症状もバソプレシン投与で軽減している。是非大規模治験を早く進めてほしい。

バソプレシン受容体V1aRの阻害剤も自閉症症状を改善させる

今日紹介したいもう一つの論文は製薬会社ホフマン・ラ・ロッシュの研究所からの論文で、今度はV1aR受容体の機能を抑制すると、大人のASDの症状を改善できる可能性を示した臨床治験だ(Bologani et al, A phase 2 clinical trial of a vasopressin V1a receptor antagonist shows improved adaptive behaviors in men with autism spectrum disorder(バソプレシン受容体V1aの阻害剤はASDの大人の適応行動を改善した)Science Translational Medicine11: eaat7838, 2019)。

先の論文ではバソプレシン自体がASDに効果があるといい、この論文ではバソプレシン受容体の抑制がASDに効果があるというのは、矛盾するように思えるが、最初述べたように反応する受容体が複雑なため、このような結果自体はある程度理解することができることを最初に断って、治験の結果だけを紹介する。

このVa1R阻害剤は、内服できるという最大のメリットがある。先に述べたように、正常人でバソプレシン投与が不安症状を高めるという結果に基づき、V1aR受容体を抑えると不安を抑えられるのではと期待して開発が進められた。

この治験も無作為化し偽薬も用い、患者さんには何が処方されているかわからなくなっている。対象は大人のASDに限っており、A1aR1は当然抗利尿作用などもあるので、確かに最初から児童について調べるのは難しいと思う。実際には偽薬あるいは3種類の異なる用量を服用させ、12週目に様々な指標で効果を確かめている。

結果だが、付き添いの人の印象に基づく改善度(最も厳しい指標)で見ると4mgまで全く効果がないが10mgでは効果が少しみられている。この結果に基づき、計画通りの効果が見られなかったと結論しているが、しかし社会性やコミュニケーション能力の検査では、服用量に応じて改善がはっきり見られている。副作用では不思議なことに、最も多い10mgを投与した群より、偽薬群のほうが頻度が高いという結果で、おそらく長期の使用も問題ないだろうと結論している。

まとめ

科学的な手法に基づく臨床治験(第2相)で効果がはっきりしたASDの治療法が初めて報告された。現在オキシトシンの治験がどのような状況か把握していないが、バソプレシンや受容体阻害剤が有望な薬剤として登場したのは、私にとっても意外だった。しかし、ASDの人たちにとっては、科学的な効果が確認された薬剤があることが重要で、その意味では大きな前進だと思う。今後大規模治験、対象を変えた治験など、多くの臨床治験が進むことが期待され、実際FDAなども本腰を入れて支援する構えだ。時間はかかると思うが、進展については逐一紹介するつもりなので、乞うご期待。