ポケモンゲームで特別な脳回路が形成される。

(写真:Shutterstock/アフロ)

私たちが、顔、景色、文字などを一目見て認識できるのは、それぞれの対象をカテゴリー化して記憶しているからだ。すなわち、桃を見た時私たちは同時に果物、植物など様々なカテゴリーを認識している。この過程では、脳の下面に存在するVTCと呼ばれる場所に、特定のカテゴリーに反応する回路が形成されることがわかっている。しかも、例えば顔というカテゴリーに反応する領域は、個体間でもかなりよく似ている。

このようなカテゴリー領域は、目が見えるようになってからの様々な経験を通して形成され、おそらくこの時期の特殊な体験を通した回路形成が、例えば画家としての将来の能力に関わるのだろうと想像できる。ただこの発達過程を研究するための最も大きな難関は、このような領域が長い時間をかけて形成されるため、よほど個体間の経験の差がはっきりとわかっている場合でないと、VTCの変化を経験の変化と対応づけることは難しい。

ところがビデオゲーム時代では、発達期の視覚を通した極めて特殊な体験がVTCにどのような変化を誘導するのか研究できることを示す論文がスタンフォード大学からNature Human Behaviour オンライン版に掲載された(Gomez et al, Extensive childhood experience with Pokemon suggests eccentricity drives organization of visual cortex(児童期に頻回にポケモンゲームを経験すると視覚皮質の構造を特殊化する)Nature Human Behaviour in press: https://doi.org/10.1038/s41562-019-0592-8)。

この特殊な体験とは、タイトルからわかるようにポケモンゲームだ。この論文を読んだ金曜日、たまたま東大柏キャンパスで大学院講義を行なっていたので、出席していた学生さんにポケモンゲームに熱中したか聞いてみると、結構多くの人が経験したようだった。事実、累計で2億本以上はこのゲームが売れたようなので、これを買って熱中した人はかなりの数に上るはずだ。そして、これは全く自然には存在しないキャラクターを経験することに他ならない。

論文を読むまでは考えたこともなかったが、確かに素晴らしい着想だと思う。私自身はポケモンの経験はないが、しかし小さなゲームボーイの中で繰り広げられる同じシーンに世界中の子供たちが熱中した。すなわち新しい一種のテレビゲームが、意図せず発達期の大規模実験を行ったことを意味する。

研究では5歳から8歳までニンテンドウのポケモンゲームに熱中した経験のある成人を集めて、ポケモンで遊んだ経験がない成人と比べている。この時熱中度を測るため、40種類の特殊キャラクターの名前を言わせて、答えられた人だけを選んで調べている。これによって、ポケモンという特殊なキャラクターを経験することで、他では得られない特別の脳回路が形成されているのか、そして、このような特殊な回路の形成が他の回路に影響するのかを検討している。

研究では、顔、漫画、景色、乗り物といったさまざまなカテゴリーの物の写真とともに、ポケモンの写真を見せた時のVTC各領域の反応を機能的MRIで調べ、その反応を解析している。

結果は期待通りで、ポケモンに熱中した人は、共通のポケモン特異的な回路を形成しており、しかもそれを大人になるまで維持できている。同じような回路は、ポケモンゲーム非経験者にはない。

だとすると、このポケモン回路が他のカテゴリー回路に悪い影響を及ぼす心配があるが、幸い他のカテゴリーに対する反応は、経験者も非経験者もほとんど同じと言える。ちょうど文字を覚える時期なので、文字のカテゴリーに対する反応変化も気になるところだが、カテゴリー回路で見る限りはポケモンで遊んだ影響はない。

他にも、ポケモンを目で見ているとき、私たちはどう認識しているのか、ポケモン回路はVTCのどの場所にできるのか、またその場所でどのようにポケモン特異的回路が形成されてきたのか(eg. 著者らは漫画や動物に反応する回路をベースに使って、ポケモン回路を新しく形成したと考えている)などなど、詳しく調べているが、詳細は省く。大事なのは、ポケモンという極めてユニークな経験が、しっかり脳内の新しい回路を形成できることだ。

この論文の真価は、現在世界中で行われているテレビゲームを、さまざまな時期の脳への共通の刺激実験として使えることに気づいた点だろう。これまで、このようなゲームは発達に悪影響があるという結論ありきで調べられてきた。しかし、遊ぶことの善し悪しについて結論が先にあってはならない。予断をもたず、ゲームという特殊体験の能力や行動への影響を、脳の反応をベースに調べることが重要だと思う。おそらくポケモンに限らず、多くのポピュラーなゲームはこの目的で使うことができるだろう。このような研究から、画家の持つ特殊能力の秘密もわかる日が来るのではないだろうか。