今日の話題は、少し専門的であることを断っておく。

先進国の最も重大な健康問題の一つ、2型糖尿病は、大きく分けるとインシュリン分泌の低下と、インシュリンに対する細胞の反応性の低下(インシュリン抵抗性)が組み合わさって起こる。この結果、糖代謝だけでなく、様々な代謝機能が変化した状態が起こって、様々な問題を起こす。

これまでインシュリンの多様な作用は、インシュリンのシグナルを受けるチロシンキナーゼタイプのインシュリン受容体だけを介して細胞の中に伝えられることが確認されていた。この時インシュリンが受容体に結合したシグナルは、図左側の矢印で示すように、インシュリン受容体から順々に下流の分子を活性化するカスケードを介して核内に伝えられる。

もちろんこの経路は長年研究されており、その機能が覆ることはないが、これに加えて図右に示すようにインシュリン受容体自体が直接核に移動してきて遺伝子発現量を調節していることを示す論文がハーバード大学から発表された(Hancock et al, Insulin Receptor Associates with Promoters Genome-wide and Regulates Gene Expression (ゲノム全体にわたってインシュリン受容体はプロモーターに結合し遺伝子発現を調節する)Cell 177: 722, 2019)。

以前からインシュリン受容体が核内に移行する可能性は指摘されていた。このグループは細胞を溶解して核内タンパク質を調整する条件を工夫して、核内に存在するインシュリン受容体がどの分子と結合しているかを調べ、まずインシュリン受容体が転写を行うポリメラーゼ(PolII)と直接結合していることを発見する。この発見がこの研究のハイライトで、あとは核内へどのように移行し、どの遺伝子の発現を調節しており、これまでのシグナル経路とどこが違うのかが詳しく解析されている。

簡単にまとめてしまうと次のようになるが、専門的なので読み飛ばしていただいていい。

  1. インシュリン受容体はαβの2種類のタンパク質からできているが、それがそのまま核内に移行する。
  2. この時、核膜はインポーティンを介して超える、
  3. 転写されている遺伝子のプロモーター上でPolII複合体の一部にとして働く。
  4. 多くの遺伝子のプロモーター上に存在するが、トップに来るのはインシュリンが関わるとされてきた脂肪代謝に関わる分子で、炭水化物の代謝に関わる遺伝子にはあまり関わらない。
  5. インシュリンが結合した時だけ核内に移行し、転写量を促進する。従って、インシュリンが存在しないと転写は変化しない。
  6. インシュリン受容体の作用は、全部ではないがほとんどの場合HCF-1の転写活性の調節を介して行われる。
  7. インシュリン抵抗性の肥満マウスではこの経路が低下している。

これほど重要で長く研究されてきたインシュリンの作用に、全く新しいメカニズムが発見されるのには驚くが、常識を変えていくのは科学の常だ。

新しいシグナルは、遺伝子のスウィッチというより、発現の量を調節するダイアルのような役目をしおり、肥満マウスを用いた実験から、いわゆるインシュリン抵抗性がこの経路と関わることが示されたことは、糖尿病研究が新たな展開を見せるのではと期待させる。