デニソーワ人ゲノムをめぐる2つの謎が解けてきた 2、デニソーワ人の高地順応遺伝子

古代人の遺伝子の機能を調べる研究

以前も紹介したが、古代人の遺伝子が現代人ゲノムに残っているおかげで、古代人の遺伝子の機能を現代人のそれと比べることができる。このような研究の結果、例えばうつ病に関わる遺伝変異、日光に対する反応に関わる遺伝変異、そしてウイルスに対する抵抗力などが、ネアンデルタール人からの贈り物として私たちのゲノムの中で活動していることがわかっている。

メラネシア人を除くと、私たちに残っているデニソーワ人遺伝子は少ないため研究が進んでいないが、2014年に中国北京ゲノム研究所からチベット人の高地順応遺伝子がデニソーワ人から由来するという驚くべき論文が発表され、私のブログでも紹介した(http://aasj.jp/news/watch/1786)。

デニソーワ人の開発した高地順応遺伝子の謎

私もアンデス山脈に行った時4000mを超えて高山病になったことがあるが、高地で生活する民族は低酸素に適応するため、様々な遺伝子変化を進化させている。アンデス地方のインディオでは主に赤血球数が上昇し酸素利用度を上げることで高地に適応している。一方チベット人や、ヒマラヤのシェルパは、赤血球数は一般人と変わりなく、EPAS1と呼ばれる心血管系を強める遺伝子変化により適応していることが知られていた。

北京ゲノム研究所からの論文は、この心血管系機能を高める適応がデニソーワ人でまず進化して、それを受け継いだ現生人類が高地に住むようになったことを示している。とするとデニソーワ人の一部は、高地で生活しそれに順応していたことになる。しかし、デニソーワ洞窟は700mほどの場所で、高地とは到底言えない。

デニソーワ人の骨がチベットの高地で出土していた

2014年の北京ゲノム研究所の論文は、デニソーワ人がユーラシアの高地のどこかに生息していたことを強く示唆している。この論文以降、現生人類やネアンデルタール人には分類できない骨で高地から出土した骨がデニソーワ人ではないかと競って調べられたと思う。世界中の考古学者や考古学ファンは、デニソーワ洞窟以外で、しかも高地で新しいデニソーワ人の骨が見つかることを今か今かと待っていた。

そしてついに先週、期待通りチベット高地で出土していた下顎骨と歯がデニソーワ人由来であることが、中国蘭州大学とドイツ マックスプランク研究所によりNatureに発表された(Chen et al, A late Middle Pleistocene Denisovan mandible from the Tibetan Plateau(チベット高地で発見された中更新世後期のデニソーワ人下顎)Nature in press, 2019:https://doi.org/10.1038/s41586-019-1139-x)。

この下顎骨は中国チベットの夏河洞窟から1980年に出土していた。アイソトープを用いた年代測定で16万年前後の骨と特定されており、16万年という時間によりDNAはすでに破壊されており、ゲノム解析は困難だった。

そこに登場したのが、最近古生物学で利用され始めたコラーゲンのアミノ酸解析技術で、たんぱく質自体は核酸より経時的変化に強いので、最近では恐竜の系統を調べるのに利用されるようになっている。

この研究では、この骨から6種類のコラーゲンを取り出し、そのペプチドの配列から系統樹を解析し、これまで発見されている人類の中ではデニソーワ人に最も近いことをついに突き止めた。

新しいデータはこれだけだか、これが正しいとすると今後の人類進化研究に及ぼすインパクトは極めて大きい。

箇条書きにまとめてみると以下のようになる。

  • 同じ形状の下顎と歯はチベットを含む中国で中更新世人類として既に多く発見されており、今後の解析で、それらがデニソーワ人であることが確認される可能性が高い。
  • 今回解析された歯の形状は初期ホモ・サピエンスと、中更新世人の中間に位置しており、デニソーワ人と考えても問題はなく、この下顎を基準にデニソーワ人の骨を探すことが可能になる。
  • デニソーワ洞窟でも16万年前にデニソーワ人が生息していたことが確認されているので、今後チベット高原からシベリアにかけてのルートで発掘が活性化される。
  • そして何よりも、この骨は3000mの高地で発見されており、高地順応遺伝子進化の謎が解ける。

16万年と氷河期の寒い時代に高地で生息していたとすると、デニソーワ人は極めて高い適応能力があった人類かもしれない。結局考古学の常で、謎が謎を呼び、研究はますます活発になると期待される。明日は何がわかるか、ワクワクして待っている。