ホットなアルツハイマー病研究:意外な新説

アルツハイマー病研究のための寄付集め(写真:Shutterstock/アフロ)

アルツハイマー病研究分野が熱い

ホットな医学研究をできるだけわかりやすくを目標に(成功していないことが多いが)、新しい医学論文を紹介してきた。特に分野を絞っているわけでは無いが、今年に入ってアルツハイマー病に関する研究を紹介するのは今回で5回目になる。

振り返ってみると

1)歯周病菌の一つgingivalisの分泌酵素がアミロイドプラーク形成に関わるという論文

2)運動で筋肉から分泌される分子がシナプス結合を強くし、アルツハイマー病症状を改善するという論文

3)睡眠不足がアルツハイマー病原因タンパク質の一つTauを蓄積させるという論文

4)そして40Hzの光と音でアルツハイマー病の進行を遅らせられるという論文

が紹介した論文だが、一言で言ってしまうとともかく読んで面白い。

確かに、大手製薬会社がアルツハイマー病新薬の治験を相次いで中止したというニュースを聞くと暗い気持ちになるが、このような新しい論文は人類最難関の病気にもまだまだ攻め手があることを示している。

アルツハイマー病に関する新説論文

そしてまたスペインマドリードのオチョア分子生物学研究所から、極めて単純な免疫組織学的研究で、アルツハイマー病を神経変性として捉えるだけでなく、神経再生の異常としても捉えるべきだとする新説がNature Medicineに発表された( Moreno-Jimenez et al. Adult hippocampal neurogenesis is abundant in neurologically healthy subjects and drops sharply in patients with Alzheimer’s disease (多くの新しい神経細胞が正常人の大人の海馬で生成されているが、アルツハイマー病では急激にこの生成が低下する)Nature Medicine, in press :https://doi.org/10.1038/s41591-019-0375-9)。

脳の一部では高齢になっても神経が再生している

この研究の目的は、アルツハイマー病自体ではなく、成人の脳でも新たな神経が作られているかどうかを組織学的に確かめることだ。これまで、脳細胞の増殖期に取り込まれた大気中の放射能を調べる研究により、神経細胞は大人になっても新しくつくり続けられることはわかっていたが、大掛かりな装置と大量の脳組織が必要な方法を一般研究に使うことは難しく、人間の脳で神経再生を調べる方法が求められていた。

この研究では、新しく作られた神経細胞のマーカーとして広く認められているdoublecortin(DCX)という分子マーカーを人間の組織でも利用できないかを検討するところから始めている。DCXは微小管と結合する分子であるため、普通に処理した脳組織では検出が難しくなってしまう。この研究のハイライトは、解剖で取り出した後の脳組織を処理する条件をこの点を改良したことで、これによりなんと80歳を超える人の脳組織にもDCX陽性細胞が存在することを示している。

この方法でさまざまな年齢の脳組織を調べると、海馬の歯状回でだけDCX細胞が存在し、この細胞から派生したと考えられる分化細胞も同時に検出さることを示している。すなわち、不思議なことに歯状回でだけ、ほぼ一生にわたって神経が新しく作られ、そこから分化した細胞がリクルートされている可能性が強く示唆された。

アルツハイマー病では海馬歯状回の神経新生が阻害されている

そこで最後に、では海馬が病変の中心であるアルツハイマー病ではこの神経の新生はどうなっているのか、同じ方法で確かめている。するとDCX陽性細胞は病気の初期から著しい低下が見られ、また、年齢とは無関係に病状に応じて低下していることを発見する。さらに分化マーカーを用いた研究から、新しくできた細胞から成熟する過程が強く抑制されていることが示された。すなわち、アルツハイマー病では新しく細胞ができても、分化が抑えられ脳回路に統合できなくなっていることを示唆している。

私が知る限り、これまでアルツハイマー病は、分化を終えた神経細胞の変性として捉えるのが普通だった。今回の研究で、全く新しい視点、すなわち記憶に関わる海馬での神経新生の異常が示されたことで、新しい研究の展開が可能な気がする。

この研究はアルツハイマー病だけでなく、高齢者の希望にもなる。私はすでに70歳で日常生活での物忘れはかなり重症だが、現役時代より論文や本を読む時間が増えて、必要なことは結構覚えられることを実感している。さらにコンピュータにより記憶力の低下が補完できているので、より脳の働きが増したようにすら感じている。その意味で、80歳を超えても海馬の神経新生が活発であることを示したこの研究成果は嬉しい。

スペインの生んだ偉大な神経学者カハールは、新しい染色法を用いて脳を仔細に観察し、神経細胞は再生しないという定説を90年前に提出した。そして、同じスペインから、やはり工夫を凝らした組織学で、今度は80歳になっても神経再生はあるという新しい概念が提案されたのは、感慨が深い。

ただ科学では一つの論文で話は決まらない。この説が信じられるかどうかは、今後の研究が必要なことを申し添えておく。