音と光でアルツハイマー病の進行を遅らせる。

(ペイレスイメージズ/アフロ)

読んだ後で一般の人にもすぐ紹介したいと思う論文がある。一つは誰もが考えていた常識が覆る話で、例えば以前私のブログで紹介した、変温動物と考えられている魚の中にも自分の体温を一定に保つ仕組みを持っている種類がいるという話だ(http://aasj.jp/news/watch/3435)。

そしてもう一つが、難病の治療に直結する発見だ。

後者の場合、結局はぬか喜びに終わる可能性はあるとわかっていながら(科学論文には常にその危険が伴う)、一定のレベルを保っていると考えられる論文はすぐにでも紹介したいと思う。今日紹介したいマサチューセッツ工科大学からの論文は、まさに後者にあたるが、なんと音の刺激で、アルツハイマー病の進行を遅らせることができるという論文で、生命科学のトップジャーナルCellの4月4日号に掲載予定だ(Martorell et al, Multi-sensory Gamma Stimulation Ameliorates Alzheimer’s-Associated Pathology and Improves Cognition(複数の感覚を介したγ刺激はアルツハイマー病の原因になる病変を改善し、認知能力を上昇させる)Cell 177, in press, 2019: https://doi.org/10.1016/j.cell.2019.02.014)。理解しにくい点もあると思うが、ぜひ読んでほしい。

ガンマ波

脳の中では多くの神経細胞が結合しあって一つのネットワークユニットを形成しており、この活動が神経細胞の興奮のリズムを決めている。局所的ネットワークから発生するリズムの中で最近特に注目を集めているのが、20-80ヘルツと早い周期のガンマ波で、感覚プロセスのみならず、高次の認知、記憶、注意力などに関わっていることが明らかにされている。さらに人間では統合失調症や自閉症などでこのリズムの異常が見られ、アルツハイマー病でもガンマ波の発生が低下していることがわかっていた。

これまでの研究

アルツハイマー病でガンマ波が低下することは、神経変性による結果と思うのが普通だが、このグループは大胆にも、ガンマ波が低下することも、アルツハイマー病の進展に関与していると仮説を立てた。この仮説を確かめるため、光を当てて神経を興奮させる「光遺伝学」技術を用い、βアミロイドタンパク質が沈殿するアルツハイマー病モデルマウスの脳神経細胞に直接40ヘルツの周期でレーザーを照射しガンマ波を発生させると、なんとβアミロイドの沈殿が減少することを発見した。そして、脳内の操作ではなく、目から光のパルスを40ヘルツで照射することでも、目と直接つながっている視覚野でガンマ波を発生させ、その結果βアミロイドの沈殿を減らせることを報告していた(Iaccarino et al, Nature 540:230, 2016)。

引退後なるべく多くの論文を読んでいるつもりだったが、こんな面白い論文を見落としていたとは、修行が足りないようだ。

聴覚を介することで海馬にもガンマ波を発生させられる

今読んでみると、2016年の論文は驚きの結果だが、アルツハイマー病で強く障害される海馬を操作するためには、視覚からの刺激が不十分であることを示していた。おそらく著者らは、海馬でのβアミロイド沈着を抑えることができる感覚刺激を探っていたのだと思う。そして2年してようやく、聴覚を使うことで、一次感覚野を超えて海馬でもガンマ波を発生させ、アルツハイマー病の進行を遅らせることを突き止めた。

実験だが、まず様々な波長の音を聞かせて、聴覚野、海馬、前頭前皮質についてガンマ波が発生するか調べている。残念ながら前頭前皮質ではガンマ波を発生させることはほとんどできないが、40ヘルツの音を聴かせると今回は聴覚野だけでなく海馬までガンマ波を発生させることに成功している。

次に、前回も用いた家族性アルツハイマー病の遺伝子を導入して早期にベータアミロイドの沈殿(プラーク)を形成し、認知機能が低下するようにしたマウスに、同じ聴覚刺激を加え、様々な記憶に関するテストを行うと、物や場所についての記憶能力が、40ヘルツの音を聞かせた時だけ改善することを示している。すなわち、記憶には海馬が重要な役割を果たしており、ガンマ波を誘導する刺激が海馬にも伝われば、アルツハイマー病の記憶障害を抑制できることを示している。

そして前回の論文から予想できるように、海馬でのβアミロイドの沈着を抑える、すなわちアルツハイマー病の病理的原因を抑えることができることを示している。

次にこのような病理学的改善が起こるメカニズムを調べ、以下の細胞学的変化が起こっていることを示している。

  • 刺激によりミクログリアの数が上昇し、貪食機能が高まっている。
  • 活性化されたアストロサイトの数が増えていること。
  • 活性化されたアストロサイトから分泌されるサイトカインの作用を介して、血管新生が高まっている。

以上の結果から、ガンマ波の発生により、まずミクログリアが活性化してプラークを除去し、同時にアストロサイトを活性化、そのアストロサイトからのサイトカインが血管新生を誘導して、神経の機能を守っているというシナリオが見える。

音と光を組み合わせると広い範囲でβアミロイド沈着を抑える

聴覚を介する刺激だけでは聴覚野から海馬までしか影響がなかったので、最後に40ヘルツの聴覚刺激と、40ヘルツの光パルス(フリッカー)の両方を合わせて使って、もっと広い脳領域にガンマ波を発生させ、βアミロイドの沈着を抑えられるか調べている。期待通り、両方を組み合わせると、音だけでは難しかった前頭前皮質にまで、強いミクログリアの活性化が起こり、βアミロイドの沈着が減ることを示している。

将来への期待

これは全てマウスの話で、同じことが人間にも可能かどうかは全くわからない。ただ、光パルスや音のパルスがてんかんの刺激になることはよく知られており、まんざら荒唐無稽な話ではないように思える。また、うまく利用すれば、脳の様々な領域でガンマ波を発生させる可能性も示している。

しかも、通常の感覚機能を用いて治療が可能であることは、治療には音と光のパルスを発生させる簡単な機械を用意するだけでよく、臨床試験を進めるハードルは低いのではと思える。これが成功すれば、自宅で光と音が発生する帽子でもかぶってアルツハイマー病の在宅治療も可能になるのではと期待が膨らむ。

ぬか喜びに終わるかもしれないとは思うが、早く皆さんに伝えたい気持ちもわかってもらえたのではないだろうか?