デニソーワ洞窟20万年の人類史

洞窟は人類の住処だった(直接記事とは関係ない洞窟)(写真:ロイター/アフロ)

現在の古代人研究の中で、アルタイ山脈に存在しているデニソーワ洞窟ほど有名な場所はないだろう。まず我々ホモ・サピエンスと重なって同時期に生息した人類はネアンデルタール人だけだと考えられていたとき、デニソーワから発見された小さな指の骨のDNAを解読した結果、両者とはまったく異なる人類を代表するゲノムであることが明らかになり、デニソーワ人と名付けられた。

この洞窟はもともとネアンデルタール人が住んでいた洞窟として研究されており、実際ネアンデルタール人の骨も数多く発見されている。このことから時代は違っても、同じ洞窟を異なる人類が使っていたと考えられる。そして昨年8月、このコラムで紹介したように、この洞窟からデニソーワ人の父と、ネアンデルタール人の母の間に生まれた子供の骨が見つかり、実際にこの洞窟周辺で、両者が密接な関係を持っていたことが証明された。

このようなエキサイティングなこれまでの研究を受け、この洞窟の地層とそれから出土する骨や石器を徹底的に分析して、この洞窟に暮らしていた人類の歴史を明らかにしようとしたのが今日紹介する論文で、オーストラリアのWollongong大学からNatureに掲載された(Jacobs et al, Timing of archaic hominin occupation of Denisova Cave in southern Siberia (南シベリアのデニソーワ洞窟を占拠していた古代人) Nature 565:594, 2019 )。

まず、デニソーワ人の骨格標本がないため、デニソーワ人の骨と特定するためにはDNA検査が必要になる。こうしてデニソーワ人と確認された骨はこの洞窟から4本見つかっている。この研究は、これらの骨が見つかった地層の年代を、ネアンデルタール人の骨が見つかった地層の年代と比較した研究だ。実に様々な年代測定法を用いて、それぞれの骨が存在する地層の年代測定を行っている。しかし詳細は省いて、著者らの結論だけを紹介する。

比較的暖かい時代(20万年前)にデニソーワ人がこの洞窟に住み着く。その後地球の温度が下がり始める15万年前ぐらいからネアンデルタール人が移動して来て、この時両者の交雑が起こったと考えられる。デニソーワ人の父とネアンデルタール人の母から生まれた子供はまさにこの時代の後期に属している。そして再度地球が暖かくなると同時に、ネアンデルタール人はこの地域を去り、再びデニソーワ人がこの洞窟の住民となり、5万年まで続くというシナリオが示された。

同じNatureには、全く同じ課題を追いかけたMax Planck人類歴史科学研究所からの論文が同時掲載されており、年代測定に利用した方法は違っているが、ほぼ同じ結論に到達している。

この洞窟での人類史から、アルタイ山脈で寒い気候になるとネアンデルタール人の活動が活発になり、一方デニソーワ人は暖かくなるとこの場所に帰ってくるというパターンが明らかになったように思う。すなわち、現代人が最終的に勝利する前は、気候がそれぞれの民族の優位性を決める重要な要素だったことをうかがわせる。個人的感想だが、デニソーワ人のゲノム流入が一番多いのがメラネシア人であることを考えると、なんとなくこの結果も理解できる。今後、メラネシアの人たちに残るデニソーワゲノムの内容が詳しく調べられるのだろう。その意味で、この論文がオセアニアのオーストラリアから発表されているのは、将来への意気込みを感じさせる。

いずれにせよ、この洞窟は我々現生人類も含めた古代人の交流の現場として今後も多くの研究者を惹きつけ続けるだろう。個人的には、次は骨格が発見されればいいなと期待するが、ちょっと欲張りかな。