脳の回路を補正して精神的症状を改善できるか?

(写真:アフロ)

ガンの免疫療法が最近急に注目を集めるようになった最大の理由は、ガンに対する免疫過程を正確にモニターし、効果の予測が可能な科学的な治療を行うことができるようになったからだ。以前は、いくらガンに対する免疫療法が可能とわかっていても、ガンに対する免疫が成立しているのかどうか確かめる手段がない以上、ガンに対する免疫療法は結局夢として片付けられてしまっていた。

しかし、今年のノーベル医学生理学賞からもわかるように、治療と効果の間の分子メカニズムがはっきりすると、ガンに対する免疫が成立していることを疑う人はなくなる。

ガン免疫の話から始めたが、今日の話題は精神病の治療についてだ。統合失調症をはじめとする治療が難しい精神病の研究の現状を見ると、2-30年前の免疫学と同じような状況にあるような気がする。精神疾患の背景には、大脳の神経ネットワークの異常があると考えられるが、様々な症状と、脳の神経ネットワークの因果関係を特定することは、画像診断法が進歩した現在でも簡単ではない。さらに問題は、脳内ネットワークの異常と症状の相関が示唆されたとしても、その回路を直接操作して症状の変化を誘導できない限り、相関はあくまで相関で終わり、原因を除去する治療は不可能だと考えられる。

ところが脳の局所回路を操作して症状を変化させ、精神病の症状を抑える可能性を示す論文がハーバード大学のベス・イスラエル病院からAmerican Journal of Psychiatry オンライン版に発表された(Brady et al, Cerebellar-Prefrontal Network Connectivity and Negative Symptoms in Schizophrenia (小脳と前頭前皮質のネットワーク結合性と統合失調症のネガティブ症状)American Journal of Psychiatry, https://ajp.psychiatryonline.org/doi/10.1176/appi.ajp.2018.18040429: 2019)。

この研究が注目したのは統合失調症の症状の中でもnegative symptoms(陰性症状)と呼ばれる、統合失調の患者さんで失われている性質だ。例えば、感情的な反応、モチベーション、社会性、自発的動き、などの喪失はすべてnegative symptomsだ。このような喪失は、それぞれの過程に必要な脳内ネットワークの欠損によると考えるのが一番自然だ。すなわち、神経結合が低下しているため、行動が低下すると考える。

この研究ではまず44人の統合失調症患者さんのMRIを撮影し、negative syndromeと相関が高い脳内の結合を探索し、特に右脳の背側外側前頭前皮質と小脳との結合が低下するとnegative symptomが高まることを確認する。

これまでこのような症状と脳回路の相関を調べる研究は何度も行われていると思うが、この研究では特定された神経領域間の神経結合を操作しようとした事が新しい。このために、これまでの研究からシナプスの結合を変化させることが分かっている電磁波を頭蓋の外から一日2回、5日間照射(TMS療法:以前紹介したように、うつ病でも最近利用されるようになっている)、この回路の結合を高めて症状を改善できないか調べている。

データを見ると、照射した7人のうち、3-4人で前頭葉と小脳間の結合の明確な改善が見られている。一方、偽の照射処置を受けた3人では、この結合性に全く変化はなかった。症状についてみると、この治療で悪化した人はいない。しかも結合性が改善しなかった一人を含む5人でnegative symptomが改善している。偽の処置を受けた群では3人とも症状の回復はなく、症状の改善がこの治療の結果であると結論できる。このように、統合失調症でもTMSが利用できることを示した点、さらにこの改善が神経回路の結合性の改善と相関していることを示した点で、画期的な研究だと思う。とはいえ、全く変化しない人が2人、逆に悪化した人も1人いるので、まだまだ確実に効果を予想できる治療とは言い難い。

気になる副作用では、特別心配になる症状は出なかったようだ。また、脳全体の結合性を調べても、前頭葉と小脳以外はあまり変化がないことから、照射は十分特異的で安全だと結論している。

結果は以上だが、もしさらに多くの患者さんで再現されれば、特定の神経回路の異常を直接変化させて症状を改善するという原因に合わせた治療が、統合失調症でも可能であることを示した画期的な研究のように思う。もちろん、統合失調症の多彩な症状の原因となる多くの脳の変化については複雑で、この研究では全く扱うことができていない。また、今回の結果も統合失調症に特異的かどうかは分からない。従って、統合失調症の治療としては、今後も薬剤により脳全体の活動を調整するという方向性は変わらないだろう。

ただ以前にも紹介したように、脳の特定の領域を標的にして部分的に回路や活動性を調整するTMSが精神科の分野で着実に広がりを見せ、わが国でもこの治療を提供する医療機関の数は増えつつある。個人的にはこの動きに全面的に賛成の立場だが、この広がりを目にすると、学会としても責任を持って、効果や副作用を厳密に検証して公表していくことが、今後のさらなる発展にとって必須であるように思える。