最近話題のCRISPR-Casによる遺伝子操作は遺伝子編集とは限らない。

CRISPR-Cas研究の第一人者Doudnaさん。(写真:Shutterstock/アフロ)

CRISPR-Cas遺伝子操作

21世紀前半、生命科学を大きく前進させる多くの革新的技術が生まれているが、iPS、光遺伝学、クライオ電顕と並んでトップに来るのが、写真のダウドナさんとシャルパンティエさんの研究から明らかになった、細菌が広く持っている、外界から侵入するウイルスなどの核酸から守るための免疫システム、CRISPR-Casを使う遺伝子操作だと思う。

 この概要について詳しく説明するのは避けるが、特定の塩基配列を持つ場所に、Casと呼ばれるタンパク質を連れてくる技術と考えればいいだろう。多くのCasは遺伝子を切断する活性があるため、染色体の特定の場所を高い効率で壊したり、あるいは他の塩基配列に変化させる遺伝子操作の切り札として、世界中が研究している。

中国の遺伝子編集スキャンダル

科学分野で昨年の暮れ最も大きなニュースになったのが、中国南方科技大学の研究者が、ヒト受精卵にCRISPRーCas9を導入し、出産させたというニュースだ。実際に思うとおりに編集が起こったかどうかは確認する必要があるが、この行為自体は、倫理的にどうこうというより、人間のゲノムを傷つけ、その結果生まれてくる子供の生命機能を犯す犯罪だ。というのも、使われたCas9はおそらく強い遺伝子切断活性を持っており、目的の遺伝子どころか、他の多くの場所が切断される恐れがあるからだ。人間には片方の遺伝子が傷つくと異常が起こる遺伝子が少なくとも200種類はある。この危険性を知った上で、敢えて受精卵の遺伝子編集を行ったことは、間違いなく生まれてくる子供を傷つける犯罪だ。

CRISPR-Casによる遺伝子操作は必ずしも遺伝子編集ではない

さて、このCasが持っている強い遺伝子切断活性の為に、この技術が使い物にならないと極論する人たちがいるが、これも間違っている。現在、この切断活性の特異性を高める技術が開発されつつあるし、そもそもCasの切断活性を用いないで、遺伝子切断による遺伝子編集を全く行わず、遺伝子のスィッチを入れたり、切ったりすることができる。今から4年も前に私のブログで紹介したが、Casの切断活性を完全に取り除いて、代わりにヘルペスウイルスの持つ遺伝子を活性化させるタンパク質(Cas-VP64)を結合させ、このCas-VP64をRNAガイドによって目的の遺伝子上流に連れてきた、その遺伝子を全く編集することなく活性化することができる。

このように、CRISPR-Casの技術を遺伝子編集技術と称することすら間違っている。すなわち、特定の染色体やRNAに対し、様々な遺伝子操作を行う道が開いたと理解した方がいい。このため、遺伝子の発現量が下がって病気になっている遺伝病であれば、ホストの遺伝子を切断することなく、すなわち遺伝子編集せずに治すことが可能だ。

遺伝的肥満の前臨床研究

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、2本ある染色体の片方の遺伝子の機能が失われると肥満になる、脳の下垂体で発現しているSim1とMc4r遺伝子を標的に遺伝子治療が可能か調べた研究で、1月18日号のScienceに掲載された(Matharu et al, CRISPR-mediated activation of a promoter or enhancer rescues obesity caused by haploinsufficiency (CRISPRを用いたプロモーターやエンハンサーの活性化により片方の遺伝子が失われることで起こる肥満を治療できる) Science 363:247:2019)。

DNA切断活性を完全に除去したCasを用いて遺伝子の活動を操作する方法は、編集を伴わないため安全性が高い。このグループは随分前からこの方法の臨床応用を目指しており、この研究はその前臨床研究の仕上げといったところだ。標的には遺伝子の発現量が半分に低下するだけで摂食行動が変化し(要するに過食になる)病的肥満になる、下垂体で発現する2種類の遺伝子、Sim1とMc4rに絞っている。この遺伝子の機能が片方の染色体で欠損した肥満マウスを作成し、残った半分の染色体の遺伝子発現量をCas-VP64で活性化して肥満を治すという前臨床研究だ。

論文では、臨床に近いプロトコルに至るまでの様々な基礎実験が行われているが、紹介は必要ないだろう。最終的にCas-VP64と、それを目的の遺伝子の上流に連れてくるガイドRNAをそれぞれ遺伝子ベクターに組み込んで、生後1ヶ月で肥満の始まったマウスの脳下垂体に針を刺して注射し、9ヶ月目の体重や摂食行動を調べている。

結果は期待通りで、一回注射だけで8ヶ月、摂食行動が正常化し、9ヶ月での体重も正常と変わらない。個人的には、前臨床試験はクリアし、あとは臨床試験に進む段階に来たと思う。この研究で、少なくともマウスに関しては、非特異的な遺伝子の発現は見られないことも確認できた。この点がまだ心配なら細胞株で確認できるので、臨床応用は近いと思う。

CRISPR=遺伝子編集とする認識不足

先にも述べたように、片方の遺伝子の機能が失われると、遺伝子の発現量が半分に低下して病気が起こる遺伝子は200以上あるため、今回開発された方法は、ガイドだけを変えればそのまま他の遺伝子にも応用できる。また、ガイドの数を増やすことで、いくつかの遺伝子を同時に高めることもできる。同じ結果は、必要な遺伝子自体を導入することで可能だが、アデノウイルスベクターに組み込みにくい大きな遺伝子でもこの方法だと活性化できる。 おそらく遺伝子自体が変化しないという安全性はこちらの方が高いと思う。

このように、CRISPR技術は必ずしも遺伝子編集を伴わない。実用化については、編集を必要としないプロモーターの活性化や、エピジェネティック調節から始まると思う。にもかかわらず、メディアの報道や、専門家の意見を聞いていると、 CRISPR=遺伝子編集として議論して、この技術の無限の可能性を見落としてしまっている。それがわかっているから、ブログを続けているのだが、わかっていてもボヤきたくなるほど、生命科学に関する我が国メディアの科学リテラシーはひどい。