サイエンスの選んだ今年のブレークスルー

(ペイレスイメージズ/アフロ)

今年も各紙が一年を振り返る年末がやってきた。いくつか読んで見たが、明るい総括の多かった昨年とちがって、トランプやポピュリズム政権の反科学に近い政策の影響か、重苦しい調子の記事が多いような気がした。そこで今年はサイエンスが選んだ今年のブレークスルーのみを紹介する。

1、single cell RNA-seqと発生学

一般の人にはわかりにくいニュースだ。

single cell RNA-seqとは、組織に存在する一個一個の細胞の遺伝子発現を網羅的に調べる技術だが、一個一個の細胞から取り出したRNAに、異なる塩基配列を標識に用いるバーコードをつけることで、細胞ごとに遺伝子配列を調べなくとも、数千から数万の細胞をまとめて解析した後、バーコードを指標に細胞ごとの遺伝子発現に分類しなおす点が新しい。

私個人のブログでこの分野の研究を今年何回紹介しただろうか(例えば近いところでhttp://aasj.jp/news/watch/9143)?ともかく、この技術なしに生命科学はないというところまで来ており、single cell RNA-seqが今年のブレークスルーのトップに選ばれるのも当然だと思う。

特に、時間的、空間的に変化が進む形態形成のような、これまで細胞レベルだけでは解析が難しいとされてきた発生学で、細胞一個ずつの遺伝子発現情報に、時間や空間の情報が反映されていることが明らかになり、この技術の力を見せつけた。今後、遺伝子編集、あるいは新しい顕微鏡、さらには無限にパラメーターを増やせる組織学的手法などが組み合わさって、今後細胞と構造の関係という発生学の究極の課題についての研究が新しいレベルに到達する予感がする。

このポテンシャルを受けて、多くの研究機関が協力する、人間の組織の成り立ちや発がんを解明しようとするコンソーシアム型の研究が加速している点も特徴的で、特にこれまで難しかった人間の研究が加速すると予想している。この技術から来年何が出てくるか、ワクワクする気持ちは当分続きそうだ。

2、氷河期に起こった隕石の衝突

この発見については、この記事を見るまで個人的には全く気づいていなかった。

今年11月グリーンランド北西部の氷の下に、隕石の衝突によりできた31kmにおよぶクレーターが存在することがScience Advanced(vol4, eaar8173)にデンマークなど国際チームにより発表された。恐竜の絶滅の原因になったと考えられる、7千万年前にできたメキシコの200kmにおよぶクレーターと比べると規模は小さいが、それでも核爆発級の強い衝撃が起こったことがはっきりしている。たかだか1万3千年前の出来事である可能性があることから、ホモ・サピエンスの歴史にどのような影響を持っていたのか、興味がそそられる。

3、ネアンデルタール人とデニソーワ人の間の子供の骨が発見された

この発見についてはYahooニュース個人でも紹介したので、ぜひ読み直してほしい。

アルタイの洞窟から発見された女の子の骨から得られたDNAが、なんとネアンデルタール人の母と、デニソーワ人の父の間に生まれた子供であることがわかった。しかも、この子の母は、同じ地域で見つかっていたネアンデルタール人とは違っているため、広範囲で異なる人類同士の交雑が起こっていることを示唆している。この分野のパイオニアであるライプチッヒのマックスプランク研究所ペーボ博士のグループからの論文だが、来年も人類の起源については多くの発見が期待される。

4、たんぱく質の相分離

一般の人だけでなく、私にとっても難しい内容の分野だ。

細胞の中には多くの異なる高分子が存在するが、生物機能に必要な特定のタンパク質が、ほかのタンパク質から分離して集合し濃縮するメカニズムについてはよくわかっていなかった。最近になって、この物理化学的メカニズムとして液相での相分離が働いていることが明らかになってきた。例えば、核内で転写を高めるために多くの分子が集まるスーパーエンハンサーにもこの相分離が働いていることが示され、私のブログでも紹介した(http://aasj.jp/news/watch/8753)。

さらに、この液相での分離がうまくいかないと、今度はタンパク質がゲル化し、固まるという恐ろしい話も報告されているようで、この過程を標的にした治療法の開発も進んでいるようだ。生物がうまく物理化学的現象を利用している例といえる。

5、ゲノムデータベースを用いた犯人探し

この論文もYahooニュース個人で紹介したので読んでいただきたい。

この論文を読んだ時は本当に驚いた。わが国と異なり、5%以上の人が個人ゲノムサービスで自分のゲノムを調べているアメリカでは、なんと100万人を越す人が自分のゲノムデータを親戚探しウェッブサイトに自らアップロードし、それを用いて強姦犯人が相次いで逮捕されるという、全く新しい状況がこの世の中に起こっている。この論文はScienceの論文だったが、Natureでも今年のトピックスとして紹介されていた。

個人が自らネットワークを形成して一つの社会を形成していくという、私には考えもつかなかった時代が来たことを実感する。

この状況と比べると、我が国は一般の人のゲノム利用になると後進国と言わざるを得ない。科学のレベルは何の問題もなく、今年もノーベル賞に輝いた我が国で、この後進性の原因になっているのは、科学のリテラシーが遅れているからではないだろう。おそらく政策も含め、多くの阻害要因があるはずで、真剣に考える時がきたと思う。

6、原始時代の分子の痕跡

エディアカランの生物群はその化石に残された形態から研究者を魅了してきたが、植物なのか動物なのか、いまもよくわからない。今年9月オーストラリアの研究チームがScienceに6億年以上前のディッキソニアの化石から、コレステロールなどの脂質が分離できることを発表した。この結果、ディッキソニアは地球上で特定できる最も古い動物の化石であることが明らかになった。すごい分析技術だと思う。

7、遺伝子抑制治療薬の認可

脊髄性筋萎縮症のRNAi治療についてはすでに昨年ScienceNatureともに昨年のブレークスルーに選んでおり、ほぼ同じ内容が今年もまた選ばれた理由はよくわからない。ただ今年2月に私のブログで紹介したようにThe New England Journal of Medicineで(http://aasj.jp/news/watch/808)正式な成果が報告され、また初回の治療に5000万円、その後も継続して治療が必要であることが報道され話題を呼んだ。

しかしはっきりしていることは、今後さらに遺伝子デリバリーの方法が改良されることで核酸薬の利用はますます発展し、来年も同じような遺伝子治療が続々認可されると期待できることだ。

8、新しい分子構造決定法

まず一般の人には難しい分野だが、私自身にとっても、分子構造研究は最も苦手な分野で、間違わずに紹介できるか少し心配だ。

最近タンパク質の薄層結晶に電子戦を照射して回折像を取ることが広く行われている。実際、昨年のノーベル化学賞はこの分野に与えられた。この研究ではこの薄層を作る過程で間違ってできた小さなミクロン単位の3D結晶構造が、分子構造解析に利用できることを示した。驚くのは、これまでの結晶解析と異なり、ほんの少しの量の分子で、しかも短時間で解析が完了する点で、創薬分野から大きな期待が寄せられている。

9、新しい天文学

全くの門外漢であることを断っておく。

カミオカンデでは大きな水タンクの周りにセンサーを並べてニュートリノを検出しているが、南極の氷で粒子を補足して、下に並べた多くのセンサーで検出するアイスキューブ・ニュートリノ観測所が稼働しており、昨年天の川の外側からのニユートリノの補足に成功した。この一報を受けて、γ線望遠鏡での観察が行われ今年7月にその場所が特定された。このように、地球に降り注ぐ様々な粒子を、様々な望遠鏡で観察する天文学から、今年も多くの宇宙スペクタクルの一報がもたらされると期待できる。

10、Me Too運動

最後は、Me Tooとして知られるハラスメント告発運動を選んでいる。この記事によると、大きな大学では50%の女性研究員、および20ー50%の女生徒が、セクシャルハラスメントを耐えているという調査がでており、極めて深刻であることがよくわかった。いずれにせよ、公的、私的なさまざまな対策が進んでおり、多くの科学者がハラスメント容疑で職を追われている。実際コロンビア大学、ソーク研究所の私の知り合い2人も告発され辞職した教授の中に含まれており、追求が広範囲に渡っていることよくわかった。