コアラのゲノム

ユーカリの葉を食べるコアラ(ペイレスイメージズ/アフロ)

オーストラリアは珍しい動物の宝庫だが、最も愛されているのが、パンダに並んで愛くるしいコアラだろう。これほど注目されている動物なので、ゲノムはとっくに解読されていると思っていたが、ようやく今週オーストラリア博物館からNature Geneticsオンライン版に発表された。(Johnson et al, Adaptation and conservation insights from the koala genome(コアラのゲノムからわかる適応と保存)Nature Genetics, in press, 2018:https://doi.org/10.1038/s41588-018-0153-5)

ゲノム解読が遅れた原因は、塩基配列を決めた後の断片を正しく並べて、部分から染色体全体を構成し直すための土台がうまく設定できなかったためだと思う。幸い、最近では「一分子シークエンサー」と呼ばれるかなりの長さの一本のDNAを一度に読んでしまうシークエンサーが利用できるようになり、これを用いた新しいゲノム解読の波が押し寄せている。このおかげでコアラのゲノムもかなりの正確さで読めるようになった。

この一分子シークエンサーのパワーを示すために、これまでの方法で正確な配列が決めにくい染色体のくびれ部分、セントロメアの配列が解読できたことを詳しく述べている。他にも、以前ここでも解説したトランスポゾンと呼ばれる寄生遺伝子とも言える断片の分布など、コアラのゲノム進化を理解するために欠かせない情報が述べられているが、ここでは全て割愛して、一般の方が知りたいコアラの生態と関わるゲノムの話しだけを選んで紹介する。

コアラのユーカリの葉への適応

コアラは専らユーカリの葉を食べて生きている。しかし、ユーカリは他の植物と比べ多くのテルペン合成酵素を持っており毒性が強いため、動物の餌としては不適当だ。このおかげでコアラはユーカリを独占できるのだが、そのためにはテルペンを解毒する必要がある。コアラでは、他の哺乳動物や有袋類とくらべて解毒酵素Cyp2遺伝子が重複により増加しており、これらの遺伝子は解毒のための主臓器、肝臓で高い発現が見られる。

ただコアラの持つ強い解毒能力がアダになることもある。これまで、コアラでは抗炎症剤や抗生物質が効きにくいことがわかっていたが、これはこのようなお薬がこの解毒作用ですぐ分解するためだとわかる。これを考慮して、投薬計画を立てる必要がある。

ユーカリの葉をおいしく食べる

更にコアラは体内の解毒システムだけでなく、安全な葉を選んで食べているようで、そのための臭いと味のセンサーを特別に発達させていることも、嗅覚受容体や味覚受容体遺伝子から考察している。特に、苦みを感じる受容体の数が大きく増え、また水の量を感じるアクアポリン遺伝子にも重複が見られる。ところがパンダと違い、甘みやうまみの受容体は残っている。

苦みのセンサー遺伝子が増えていると言われると、コアラも同じように苦いと感じていると決めつけてしまうが、ひょっとしたら苦みの受容体を複雑化させ、うまみや甘みの感覚を合わせることで、私達には苦いユーカリの葉に十分満足できる感覚系を発達させているのかもしれない(これは私の想像です)。

コアラの性交

コアラはオスとの性交により排卵する動物であることがわかっている。多くの動物の雄の精液には、排卵を誘導すると共に、精液の成分で雌の生殖臓器の栓をして、精液が流れないようにする凝固システムがあるが、コアラでは他の種で利用されている凝固遺伝子は存在しない。代わりに前立腺で合成されるポリアミンが関わっている。

コアラの子育て

コアラの赤ちゃんは0.5gで生まれてくるため、これを育てるための複雑な成分のミルクを調合する仕組みを持っていることがわかるが、進化的には、他の有袋類と変わるところは少ない。それでも有袋類全体のミルクの遺伝子を調べることで、それぞれの分子の役割を推察できる。例えばこれまで機能が不明だった、早い段階から分泌されるミルク遺伝子の一つMMP1が、抗菌作用遺伝子クラスターの中にできてきているのがわかる。このことからMMP1は抗菌作用を持っていると推察できる。

コアラの免疫機能

病気で保護されるコアラの半数がクラミジア感染で、なぜこの特殊な菌にだけ感受性が高いのか?についての原因が、免疫に関わる遺伝子群の解析からわからないか調べているが、やはりゲノムだけからでは何とも言えないようだ。たしかにIgD遺伝子が欠落しているが、他の有袋類にも見られる。幸い、コアラのクラミジア感染を予防するためのワクチン開発が進んでおり、反応性の違いも見つかってきていることから、ゲノムを参照することで、コアラを最大の脅威クラミジアから守る方法の開発が加速すると期待できる。

コアラの歴史と保護

これまでの研究でコアラは3-4千万年前、ウォンバットから種として分化したことがわかっている。ゲノムをみると、その後の集団数の盛衰を計算できる。これによると、現代型のコアラの化石が見つかる35万年前から急速に種として個体数が増加する。しかし、他のオーストラリアの動物種と同じで、4-5万年、および3-4万年前に急速に個体数が減る。オーストラリア大陸に人類が上陸したのが6万年前なので、やはり人間が個体数減少の一因かもしれない。

コアラは保護目的の人為的移動も含めてオーストラリアの東南海岸に分布しているが、個体数は少ないものの比較的遺伝的多様性が保たれている。ただ、人為的移動によりできたコロニーでは多様性が失われているので、今後ゲノム解析に基づいて多様性を維持する保護策を講じる必要がある。いずれにせよ、ゲノムが解読されたことで、さらに科学的なコアラ保護が進むと期待できる。

以上が論文の要約で、コアラのゲノム進化より、コアラがどんな動物かよくわかる論文になっていた。ぜひ子供たちに説明してあげてほしい。