人間の寿命の限界はまだ見えない?

116歳米国女性(写真:ロイター/アフロ)

アキレスと亀の話しは聞いたことがあると思うが、亀の方がさきに出発すれば、どんなにアキレスが速く走ってもその場所に着いたときには亀が少し前に行ってしまうため、永遠に追いつけないという話だ。微分積分学を教えるときに例えに出すのだが、平均余命を考えるとき、何時もこの話が思い出される。例えば、私は現在70歳で、平均余命は15年になる。では、85歳になったとすると平均余命は0かと見ると、実際には6.2歳も残っている。すなわち、目標に到達すればさらに長い時間が約束される。これは人口統計学で見たとき、私達が次の一年以内に死ぬ確率の対数と年齢が相関しているためのトリックだが、この関係式は何歳になってもあてはまるのか議論されてきた。

特に、105歳を超えて生きたスーパー高齢者になると、この関係はあてはまらなくなり、死亡率が頭打ちになる可能性が指摘されてきた。私も含めて105歳にはまず到達できないため、ほとんどの人にとっては関係ない話なのだが、人間の寿命の限界を突き止めたいと思っている研究者にとっては大事な問題になる。

この問題の答えを得るためには、出来るだけ多くのスーパー高齢者を追跡し、正確なデータを集めるほかに道はない。実際、このような取り組みが多くの国で進んでいる。イタリアもこの分野には熱心で、ローマのサピエンツァ大学から3000人近い105歳以上の人たちを追跡した研究が6月29日号のScienceに発表された(Barbi et al, The plateau of human mortality: Demography of longevity pioneers(人間の死亡率は頭打ちになる:長寿パイオニアの人口統計学), Science 360:1459, 2018: DOI: 10.1126/science.aat3119)。

くり返すがこの研究の困難は、正確な記録を集めるのが難しいことで、これまでの研究ではこの問題が解決できていなかったようだ。そこで現在15カ国の研究者が集まって、110歳に到達したスーパー高齢者についてのInternational Database on Longevity(IDL:長寿の国際データベース)を整備しつつあり、我が国からも日本大学が参加している(https://www.supercentenarians.org/Home/Database)。

もちろんIDLの整備が進み、多くのスーパー高齢者のデータが集まれば、この問題に答えを出すことは可能だが、今日紹介する論文では、イタリアで最近整備された105歳以上の人たちの追跡研究の解析からこの問題に答えを出そうと試みている。

この研究の対象者は、2009年から、2015年の6年間に105歳になった人たちで、年齢の算定は正確な戸籍記録に基づいており、さらに対象者は各地方自治体により定期的に現状把握が行われるおかげで、正確に生存率を算定できる。この結果、3836人ものスーパー高齢者が追跡できている。

結果は予想通りで、105歳を超えると死亡率は頭打ちになり、現在のところ明確に人類の寿命の限界を指摘できないという結論だ。この結論は以前私のブログで紹介した、寿命には超えられない限界が必ずあるとするnatureの論文に反対するように思える。それほど極限状態の統計学は難しい。いずれにせよ、今後このようなスーパー高齢者を追い続けることで、寿命とは何かがわかると期待される。

しかし、スーパー高齢者が進化的に優位とは限らないから、我々一般人とはちがうかなり特殊な集団を代表しているのではと個人的には思っている。実際、この研究の対象になった母集団でも118歳に到達した男性はゼロだ。