タスマニアデビルを絶滅の危機から守るための研究が続く:少し薄日がさしたかも。、

(写真:ロイター/アフロ)

タスマニアデビルに拡がる感染性癌

癌が他の人に感染するということは全くないわけではありません。例えば、成人T細胞性白血病や子宮ガンのように、癌の原因になるウイルスがコンタクトを介して感染することがあります。ただ、この場合は感染しても必ず癌が発病するわけではありません。もし誰かの癌細胞が、様々な接触で自分に感染し、免疫拒絶反応をすり抜けて増殖を続けるとしたら恐ろしいことです。こんな恐ろしい癌が、オーストラリア東部のタスマニア島に生息する固有種タスマニアデビルに拡がり、絶滅すら心配される深刻な問題になっています。この癌については以前「Yahooニュース!個人」に紹介しているので、是非参考にしてほしいと思います

この癌はタスマニアデビルが顔を噛み合う習性を介して感染すると考えられています。癌ウイルスの感染と違って、癌細胞そのものが移入されるのですから、そのまま癌が広がることになります。ただ、普通はこんなことは起こりません。というのも、私たちには他の個体から組織を拒絶する免疫細胞が存在して、たとえ癌が移入されても殺してしまうからです。

この防御壁をかいくぐれるように進化したのがタスマニアデビルの癌(Devil’s Facial Tumor:DFT)で、今や起源が同じ癌細胞によりタスマニアデビル全体が絶滅の危機に瀕するまでになっているのです。

癌と戦うには癌を知ることが先決

もちろん、研究者も手をこまねいて待っているだけではありません。癌のゲノムを解析し、試験管内で癌を増やす方法を開発し、癌に効く薬剤を探索しています。最近では、この癌に抵抗性を持った個体も現れたようで、免疫抵抗性のメカニズムを知って病気を治す方法を開発できないか研究が始まっています。

そんなおり、最初発見されたDFTとは由来が明らかに違うDFTが発生していることがわかりました。まだ対策の見つからないうちに、新たな癌がどんどん発生することは由々しき事態と言えます。しかし、研究する側から見ると、同じような癌が繰り返し発生することは、癌の成り立ちを知る上で重要な進展です。

今日紹介したい論文

今日紹介したいと思っている英国ケンブリッジ大学からの論文は、全く独立に発生した2種類のDFTを徹底的に調べてその由来や治療法を探そうとする研究で、4月9日号のCancer Cellに掲載されました(Stamnitz et al, The origin and vulnerabilities of two transmissible cancers in Tasmanian Devils(タスマニアデビルの2種類の感染性ガンの起源と弱点) Cancer Cell. 33:607, 2018: https://doi.org/10.1016/j.ccell.2018.03.013)。

2種類のDFTは、島の東に住むタスマニアデビルと、西に住むタスマニアデビルに独立して発生し、遺伝子解析からもはっきりと区別できる癌です。しかし、癌としての性質は大変良く似ており、この2種類のDFTを調べることで、

1) 珍しい感染性の癌が、2回も独立に発生したメカニズム、

2) 免疫監視機構をすり抜けられるメカニズム、

が解明され、癌の拡大を防ぐ方法が見つかるかもしれないと期待されます。

おそらく、この意気込みで研究が始められたと思いますが、この論文を読んだあと私は「癌を知って癌を制する」という目標はまだまだ遠いという印象を持ちました。

実験の概要

タスマニアデビルは希少な野生動物ですから、癌を移植したり、個体を殺して調べるような研究はできません。このため、研究は両方の癌のゲノムを解析して、正常細胞と比べることと、試験管内で増殖できるようにした細胞株を用いた実験が中心になります。

詳細は省略して、ゲノム解析の結果を私なりにまとめると次のようになります。

1) DFTの全ゲノムを正常細胞のそれと比べても、ウイルス感染による癌という可能性は否定できそうです。このように、癌細胞そのものが感染することがここでも確認されました。

2)DFTが発生する過程で起こった突然変異を調べると、紫外線や化学的発癌物質により発生したのではなく、細胞が分裂を繰り返す中でおこるエラーが原因で起こっている変異であること、そしてタスマニアデビルが特に突然変異を起こしやすい遺伝的性質を持っているわけではないこともわかりました。

3)両方のDFTに共通の癌に関わる突然変異は見つからなかったのですが、Hippo経路として知られるシグナル経路を担う分子に変異が見られ、またDFTではこの経路が活性化されていることがわかりました。、

4) 癌細胞の増殖に関わる分子についての変化を探すと、両方のDFT でPDGFと呼ばれる増殖因子に対する受容体の発現が高まる変異が起こっていることがわかりました。

5) ただ、残念ながら免疫監視機構をすり抜ける原因についてははっきりとわかるまでには至っていません。

これらの結果から、DFTの発生について次のように考えられています。まず、なぜ急にこのような癌が発生したのかですが、おそらく人間の進出などでタスマニアデビルの生存環境が変わり、高い密度で群れて生活するようになったことが大きな原因ではないかと推察しています。もともとタスマニアデビルは口を噛み合う習性を持っています。これにより、顔の細胞はつねに損傷と修復を繰り返していると考えられます。すなわち、他の組織と比べ増殖が繰り返されるうち、突然変異が蓄積して癌が発生したというシナリオです。しかし、なぜ免疫監視機構が働かないのかについては今後の研究が必要なようです。

ちょっとフラストレーションの残る結果ですが、これで終わっては研究者魂がおさまらないようで、著者らは、試験管の中で様々な抗ガン剤の効き目を試し、現在人間の臨床に使われているチロシンキナーゼ阻害剤の中に、人間の癌に対する効き方と比べてもはるかに効果が高い薬剤を見つけています。全て経口で摂取できるようなので、今後の治療を考えると大変重要な進展で、薄日が差した気にもなれました。今後、癌にかかった野生のタスマニアデビルの治療が始まると期待しています。是非科学により種の絶滅が防げた例にして欲しいと思っています。