クリスパーとクローン技術を用いて病気モデルをブタで作る

ミニブタのクローン作成(写真:ロイター/アフロ)

ハンチントン病

論文紹介の前に、ハンチントン病から紹介します。昔は、ハンチントン舞踏病とも呼ばれていたことからおわかりのように、この病気が発症すると、患者さんの意思に関わらず、大きな不随意運動が生じます。さらに認知機能の低下も進行しますが、これはすべて脳の線条体尾状核と呼ばれる場所の神経が死んでいくからです。

原因についは、Huntingtinと呼ばれる遺伝子の一部にある塩基配列CAGの繰り返しの数が(通常は26回以下)増えることで、異常なタンパク質が細胞内に沈殿して、細胞を殺してしまうからだと特定されています。この繰り返し配列が40を超えると、ほとんどの人が病気を発症してしまいます。

現在のところ、根本的な治療法はなく、病気の進行を止める方法は開発されていません。ただ、尾状核の細胞が死ぬことが細胞レベルの異常ですから、尾状核に神経細胞を注射する再生医療に期待が集まっています。しかし、ヒトに注射する前に、大型動物で細胞治療の効果を試すことができれば、安心して臨床試験に進むことができます。このことから、大型動物でのハンチントン病モデル動物の開発が待たれていました。

広州・中国科学院生物医学健康研究所

今日紹介する論文(Sen Yan et al, A Huntingtin Knockin Pig Model Recapitulates Features of Selective Neurodegeneration in Huntington’s Disease, Cell, in press, 2018: https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.03.005) は広州にある中国科学院生物医学健康研究所から発表されています。この研究所のディレクターはDuanquin Peiで、中国の幹細胞研究を牽引する研究者の一人です。この研究所は新しい研究所で、この設立にはアメリカでクローン牛の作成に成功した中国人科学者、Jerry Yangが関わっていたと思います。このことから、幹細胞、遺伝子操作、クローン技術に強い、面白い研究所だと注目しています。

ハンチントン病モデル動物の作成方法

ハンチントン病は優性遺伝病ですから、片方のHuntingtin遺伝子のCAG繰り返し配列を増やせば、疾患モデル動物を作ることができます。これは、ES細胞を用いた遺伝子操作が容易なマウスでは、すぐに行われました。しかし、マウスは尾状核を他の領域から区別することが難しく、人間の病気を上手く再現できませんでした。

残念ながら、ES細胞を用いる遺伝子操作動物作成技術は、いまのところブタのような大型動物には利用できるには至っていません。そこで最初試みられたのは、ブタの受精卵に、多くのCAG繰り返し配列をもったHuntingtin遺伝子を直接導入する方法ですが、今度は毒性が強すぎて、動物が生まれてきませんでした。

その後、クリスパー/CAS遺伝子編集技術が開発され、受精卵の遺伝子を直接編集する可能性が生まれましたが、遺伝子の機能をストップするような単純な編集はできても、正常の遺伝子のCAG配列を増加させるといった離れ業は、いくらこの技術でも簡単にできるものではありません。

論文の概要

そこで今日紹介する中国科学院生物医学健康研究所の研究者たちは、まず培養細胞(ブタ胎児から調整した線維芽細胞)の遺伝子にクリスパー/CAS編集を用いて長いCAG繰り返し配列を導入した後、研究所の強みを生かして、この核を未受精卵に移植して、クローン動物を作ろうと考えました。詳細は全て省きますが、2000を超える編集実験、3000にも及ぶ卵への各移植を経て、ようやく9種類のハンチントン病遺伝子をもったクローンブタを作ることに成功しています。さらに、このうちの長生きの雌ブタを用いて、2年間かけて第1世代15匹、第2世代10匹の作成に成功しています。

こうして作成したハンチントン病モデルブタは生後5ヶ月まではほとんど症状が見られないのですが、5ヶ月から急に歩行がおぼつかなくなり、多くは1年以内に呼吸障害をきたして死亡することがわかりました。人間と比べて病気の進行がとても早いのですが、おそらくこの理由は、普通人間では考えられない150回という長い繰り返し配列を導入したからだと思われます。その意味では、著者らの思惑通り、短い時間で病気が出てくるいいモデルブタができたと言えます。

では脳の病理はどうだったのでしょうか?早く発症しても、人間のハンチントン病と似ても似つかない病理的な変化だと、モデルとしては使い物になりません。

結論的には、尾状核の神経細胞が失われる、人間のハンチントン病の典型的病理変化を誘導するのに成功したようです。結果は以上で、今後このようなモデル動物を用いて、ハンチントン病の細胞治療が可能かどうか研究が進むと思われます。当然その時に用いる細胞は、iPSになると思いますが、Duanqin Peiのグループの得意分野ですから、そう時間をおかず論文が出てくるでしょう。期待して待ちたいと思います。