自閉症の科学4 :成長に伴う脳の変化から見る自閉症

(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

扁桃体

自閉症の症状は多様ですが、社会性に関わる困難、コミュニケーション能力の低下、反復行動の3つは診断する際の重要な症状です。それぞれの症状の背景には間違いなく共通の脳ネットワークの変化があると思います。例えば対人関係の困難によって、他の人とのコミュニケーションの機会が減ると、言語の発達は遅れます。他人や新しい状況との接触を嫌うようになると、それを避けための自己防衛行動として、反復行動が起こるのかもしれません。

しかし、この新しい状況や人に対して不安を感じる感情は多かれ少なかれ私たちも持っています。またこの新しいものに対して警戒する感情があるからこそ、私たちは無用な危険を避けることができます。そして、この感情に扁桃体と呼ばれる小さな脳領域が重要な役割を持っていることが脳科学的に明らかになってきました。

扁桃体とは文字どおり、私たちの脳の底の方に存在するアーモンド(扁桃)型をした神経細胞の塊で、さらに外則核、基底核、副基底核に分けることができます(実際にはもっと細かく分けられていますが省略します)。サルで行われた実験ですが、扁桃体を壊すと、蛇を見たときに普通の猿なら示す恐怖行動など、いわゆる情動と呼べる反応が失われます。このため、情動の障害があると考えられる自閉症と扁桃体の関係は重要な課題として研究が行われてきました。

例えば、てんかんが脳のどこから始まるのか調べるために、脳内の様々な場所に電極を一定期間留置して電気活動を測ることがあります。この目的のため扁桃体に電極を設置した自閉症児と一般児の扁桃体の活動を比べると、一般児なら目に反応する扁桃体内の領域が、なんと口を見たとき反応することがわかりました(私のブログで紹介しています)。このような機能研究から、発生・発達過程を通して形成される扁桃体の脳回路が自閉症児では発達初期から違っていると考えられ、出来ればこの回路をなんとか一般児に近づける方法を開発したいと、早期診断、早期介入のための研究が進められています。

しかし機能的変化からだけでは、自閉症児の扁桃体の変化の実態を理解するには不十分です。機能が変化する背景には必ず解剖学的な変化があるはずで、出来れば背景にある解剖学的な変化を特定したいのですが、脳の病理学的解析が許されるのは、死んだ後ですから、十分な数の死亡例を集めて、解剖学的変化を調べることはそう簡単ではありません。

論文の概要

我が国の状況は残念ながら把握できていませんが、米国では事故などで亡くなった自閉症児の脳を集めて、研究に利用するバイオバンクの整備が進んでいるようです。というのも、このバイオバンクの標本を用いて自閉症児の扁桃体の細胞数を正確に測定した論文がカリフォルニア大学デービス校から米国アカデミー紀要に発表されました(Avino et al, Neuron numbers increase in the human amygdala from

birth to adulthood, but not in autism, PNAS in press, 2018, www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1801912115 )。

丹念に脳組織の細胞数を測定した大変オーソドックスな研究で、研究方法などの新しさはありませんが、24例もの自閉症の症例の扁桃体を年齢ごとに比べている点で、将来の自閉症の脳研究にとって重要な貢献だと思い紹介することにしました。ちなみにタイトルを邦訳すると、「扁桃体の神経細胞数は生後増加を続け、成人後もこの増加は続くが、自閉症ではそうではない」になります。

この研究の結論は、タイトルが全て語っています。まず驚くのは、細胞がほとんど増加しない脳で、扁桃体細胞数だけは50歳に至るまで増加を続けていることで、最初1100万個程度だったのが、4ー50歳では1300万個にまで増加します。ところが自閉症症例では、最初(2歳齢)は1200万個と正常より10%近く多いのに、その後は減少を続け、40歳では1000万個と20%近く減少しています。この減少は扁桃体のすべての核で観察されますが、基底核での減少が最も強いようです。同時に細胞分化マーカーを使って未熟細胞の数を比べていますが、こちらの方は一般人と自閉症で特に大きな違いは見られないことから、自閉症児で減少するのは、成熟した神経細胞のようです。

以上が結果の全てで、結果の意味を理解するのは現段階では難しいと思います。幸い、扁桃体のそれぞれの核の神経結合や生理学的機能は少しづつ明らかになっているので、自閉症の理解に役立つ日が来ることは間違いないと思っています。この論文では、一般児では社会とのコンタクトが、適度の刺激として働き神経細胞の結合性の増加を誘導するのに、自閉症児では扁桃体の神経細胞が興奮しすぎて細胞が失われてしまう可能性を考えているようですが、まだ推察段階と考えたほうがよさそうです。今後は自閉症で変化が見られる遺伝子発現も合わせた詳しい組織学的な研究が進むのを期待しています。

このように、臨床医学、心理学に加えて、機能を調べる大脳生理学、構造を調べる解剖学、病理学が密接な連携していくことが、今後の自閉症研究にとって最も重要な課題です。そして私たちの脳の奥にある小さな扁桃体は、自閉症の脳研究のホットスポットとして間違いなく注目を集めていくことでしょう。このためにも、組織や遺伝子を臨床データと連結させて集めておくバイオバンクの整備と研究者への公開が、我が国でも進むことを望んでいます。