デニソーワ人を知っていますか?

私たちと近縁の絶滅人類との関係(最近5年間の論文を基に筆者制作)

デニソーワ人て誰?

これまでネアンデルタール人と私たちホモサピエンス(現生人類と呼ぶ)の関係については何度も紹介してきましたが、デニソーワ人についてはほとんど紹介していないと思います。というのも、その存在が明らかになったのはついこの前のことで、2008年ロシア、中国、モンゴル国境近くの洞窟で骨が発見されたばかりの新しい人種だからです。残念ながら現在もなお、指の小さな骨と、歯しか発見されず、デニソーワ人の骨格についてはほとんどわかっていません。

ではどうしてそんな骨の断片だけで、新しい人種だと決めることができるのでしょうか?デニソーワ人が、現生人類やネアンデルタール人とは全く別の人種であることは、洞窟で見つかった小さな骨や歯から抽出されたDNAの解析から明らかになりました。

この偉業を成し遂げたのは、ネアンデルタール人の全ゲノムを解読したのと同じ、ドイツ・ライプチヒ・マックスプランク人類進化学研究所の前所長、ペーボさんです。この小さな骨から得られた2人のDNAの解析から、冒頭の図に示す3種類の人類の系統樹が出来上がり、3種類の人類が数万年の間ユーラシアで共存していたことが明らかになりました。

デニソーワ人と私たちの先祖は交雑していた

デニソーワ人の全ゲノムが解読されることで、デニソーワ人由来の遺伝子が私たちのゲノムの中に存在しているか確かめることがついに可能になりました。デニソーワ人の遺伝子が私たちに残っていることがわかることは、私たちの祖先とデニソーワ人が生殖により子供をもうけ、その遺伝子が私たちに脈々と受け継がれていることを意味しています。

実は、同じことがネアンデルタール人の全ゲノムが解析された時にも行われました。そして、私たちアジア人とヨーロッパ人のゲノムのなんと1. 5ー2%がネアンデルタール人由来であることがわかっています。しかし、ネアンデルタール人は南部アフリカには移動していなかったので、現代のアフリカ人にはほとんどネアンデルタール人の遺伝子が存在していないこともわかっています。何万年を経て、異なる人種の交雑の跡が私たちゲノムの中に書かれているとは、情報としてのDNAの価値を感じるとともに、何万年も前の過去に想いを馳せてロマンを感じる幸せを感じてしまいます。

少し脱線しましたが、デニソーワ人のゲノムと私たちのゲノムが比較され、ヨーロッパ人、アジア人を問わず、ユーラシア人にはほとんどデニソーワ人の遺伝子が流入した痕跡がないと考えられるようになりました。一方、ニューギニアやオセアニアの人種(例えばアボリジニ)の5%近いゲノムがデニソーワ人由来であることもわかりました。いずれにせよ私たちの先祖の一部は間違いなくデニソーワ人とも性的交流を持っていたことになります。

アジア人にもデニソーワ人遺伝子が流入している可能性

しかし、数万年にわたって共存していた私たちアジア人の先祖とデニソーワ人の性的交流は本当になかったのでしょうか?その後の研究で、例えばチベット人が高地に順応できたのは、デニソーワ人の遺伝子を受け継いで循環系が強くなった結果であることがわかってきました。チベット人は、漢族から分離していますから、当然漢族にもデニソーワ人遺伝子がもっと見つかってもいいはずです。

これを明らかにするためには、これまで以上の精度でデニソーワ人との交雑の跡を追跡する必要があります。先週この問題を独自の方法で調べ直したワシントン大学・生物統計学部門からの論文が3月22日号のCellに発表されました。結果は、期待どおり我々日本人にもしっかりとデニソーワ人由来のゲノムが残っていることを示した研究なので紹介することにしました。 (Browning et al, Analysis of human sequence data reveals two pulses of archaic denisovan admixture(人のゲノム配列データの解析により2波のデニソーワ人との交雑が明らかになった)Cell 173: 1-9, 2018, https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.02.031)。

研究の概要

この研究では、すでにデータベース化されている我々日本人を含む現代人の膨大な数のゲノムを比べて、そこにネアンデルタール人やデニソーワ人などの古代人ゲノムがどのように流入し維持されているか調べています。この目的で行われたこれまでの研究では、ネアンデルタール人やデニソーワ人のゲノムを比較対象にして(参照と言います)、我々のゲノムのどこに古代人ゲノムの断片が入っているのか調べてきました。

ところが、この新しい研究では古代人ゲノムを参照に用いず、まず現代人同士でゲノムを比べて古代人の断片を抜き出してくる方法を開発しています。

なぜ古代人ゲノムを参照せずに、私たちのゲノムの中の古代人ゲノムが特定できるのでしょうか?私の理解した範囲での説明ですが、遺伝子配列の違いが大きい断片ほど、代を重ねても他の人種のゲノムに同化しにくいという性質を使っています。具体的には、私たち現生人類に流入してきたネアンデルタール人やデニソーワ人由来の断片は、現代人のゲノム同士よりはるかに大きな違いを持っています。このため、現代人同士なら、入ってきたゲノムはバラバラになって子孫のゲノムに同化していきますが、古代人のゲノムは長いまま分解せずゲノムに残っている可能性が高いと言えます。この古代人ゲノムの同化しにくい性質を指標として用いると、古代人のゲノムについて全く知らなくとも、現生人類とは異なるゲノム断片を特定することができるのです。

これ以上詳しく説明するのはやめて、以下に重要なポイントをまとめておきます。

1)デニソーワ人由来の断片は、パプア・ニューギニア人、アジア人、ヨーロッパ人の順に現生人類に保存されています。このことから、我々アジア人やパプア・ニューギニア人の先祖は、直接デニソーワ人と性的交流を持った可能性が高いと考えられます。

2)一方ヨーロッパ人にもデニソーワ人ゲノム断片が特定できますが、これはデニソーワ人との直接交流ではなく、デニソーワ人と交流を持って遺伝子断片が流入したネアンデルタール人との交雑で間接的に流入したと考えられます。もちろんアジア人もネアンデルタール人と性的交流を持っていましたから、同じようにその時デニソーワ人の断片をもらっています。この流入の元は、アルタイのデニソーワ人に最も近いグループです。

3)一方、アジア人とデニソーワ人の直接交流で流入したデニソーワ人の遺伝子は、アルタイのデニソーワ人ゲノムと比べると、少しですが違っています。このことから、アジア人とデニソーワ人の直接交流はアルタイとは別のデニソーワ人とで行われたと考えられます。

他にも多くのデータが示されていますが、私たちアジア人は、ネアンデルタール人との交流とデニソーワ人との直接交流を通して、2回に分けてデニソーワ人の遺伝子を獲得してきたことがわかりました。

感想

こうして何万年という単位の人類史を見ることで、人種の純血性を競うという一種の民族主義が如何に無意味なことかわかります。実際同じ方法を用いてアフリカの人たちを調べると、ネアンデルタールやデニソーワでは説明できない遺伝子の流入も認めることができます。このように、争いながらも、交雑を繰り返してきたことこそが、現在の現生人類の繁栄をもたらしたと言えます。こう考えてしまうと、目先のことで「xxファースト」と叫んでいる政治家は本当にかわいそうな存在に見えてしまうのは私だけでしょうか。