児童の絵から読み取る科学者像の変遷

(ペイレスイメージズ/アフロ)

「頭の中で科学者を思い浮かべてください」と言われたら、貴方が思い浮かべるのは男性か女性か、どちらでしょうか?

米国の調査では、大人が科学者を思い描く時、ほとんどの人が男性科学者を思い浮かべるようです。科学者だった自分はどうかと考えてみると、もはや固定的なイメージは私の頭の中からさっぱり消えています。代わりに残っているのは、多くの個別の科学者だけです。

自分の経験から考えると、我が国の科学者は、一般の方の科学者像をあまり気にしたことがないのではないでしょうか。ところが、米国ではずいぶん違うようです。一般の方の科学者像を調べる研究が数多く出版されています。おそらく、科学や科学者を支援してもらうためには、一般の方の理解が重要だとわかっているからでしょう。

このような男性優位の科学者像は、しかし学童期に形成されます。このため、学童期に児童の科学者像がどう変化するのか、米国では繰り返し研究が行われています。

幸いなことに、児童のもつ科学者像を調べた多くの論文をもう一度解析し直した論文が今週North Western大学から発表されました。科学者だった私にとって大変参考になる論文なので紹介することにしました (Miller eat al, The Development of Children’s Gender-Science Stereotypes: A Meta-analysis of 5 Decades of U.S. Draw-A-Scientist Studies(子供の科学と性別の関係についての思い込み:半世紀に及ぶ米国の「科学者を描いてみよう」研究のメタアナリシス) Child Development in press, 2018: DOI: 10.1111/cdev.13039)。

この論文を読むまで全く知りませんでしたが、この研究の下敷きには、1966-1977年にかけて5000人の学童に自分が持っている科学者像を絵に描いてもらったChambersらによる調査があるようです。ずいぶん昔ですが、なんとこの時年長の児童が描いた科学者の絵の99.6%は男性科学者で、明らかに子供の頃から科学者は男性というイメージが植えつけられていたようです。

しかしこの当時と比べると、米国の女性科学者の比率は上昇を続けており、生物学や化学では50%近くに上昇しています。とすると、子供の持つイメージも大きく変化している可能性があります。これを調べようとしたのがこの研究です。

ただ、この研究では自分でChambersと同じ研究をやり直したというわけではありません。Chambersらが行ったのと同じような方法で調査を行った研究論文を集め、個々の論文の結果を分析し直す、メタアナリシスと呼ばれる方法でこの問題を調べています。「他人のデータで相撲を取るとはいい加減な」と思われるかもしれませんが、医学では重要な方法論として市民権を得ています。

この論文を読んでいる時、私がまず驚いたのは「科学者を描く」というキーワードで論文をサーチすると、著者らの目的にかなった論文が78編も見つかっていることです。このことは、米国では常に科学者像についての調査が行われていることを意味します。「科学者はもっと一般の方と対話を」とさまざまな対策を行なっている我が国ですが、論文としてまとめられたこのような調査が多く発表されたことはないと思います。是非今後見習って欲しいものです。

78編もある論文をまとめていますから、多くのデータが示されていますが、重要なのは以下の2点に絞れるのではと思います。

まず、児童の科学者像は学童期に醸成されていくという点です。例えば6-7歳の児童に科学者の絵を描かせると、必ずしも男性科学者ばかりではなく、結構男女まちまちです。ところが16歳ぐらいになると、現在でも男女を問わず7割以上の児童が男性科学者を描くようです。このことから、学童期に様々な情報がインプットされることで、児童の科学者のイメージが作られていることがわかります。

おそらく、メディアなどで描かれる科学者が男性であることが多く、この結果科学者=男性というステレオタイプな科学者像が形成されるようです。実際、子供が絵として表現する科学者は、男性というだけでなく、白い実験着を羽織り、メガネをかけ、長髪という像が圧倒的に多いそうです。私の子供の頃、科学者というと鉄腕アトムのお茶の水博士のイメージが強かったのと同じように思います。

とはいっても、このイメージは徐々にではあっても変化していることも確かなようです。78編の論文のデータを時代別に並べてみると、科学者の絵を男性として描く確率は着実に低下してきています。最も新しい2015年の調査についての論文では、半数以上の女児は女性の科学者を描き、男児も4割が女性として描くようになっているようです。

これは全年齢についての平均値で、高学年になると今でも男性として描かれる割合は高いのですが、それでも着実な変化が起こっているのがわかります。おそらくこれも、メディアに登場する科学者像が徐々に変化しているからでしょう。今度は、子供たちが目にしている様々なメディアの科学者の描き方について、時代別に調べて欲しいと思います。本当にメディアのせいなのか、それとも思いもかけない原因があるのか、子供の心を読むのは簡単でないのが普通です。

もちろん児童がもっている他の職業のイメージの変遷についても知りたいところです。例えば私の持つ乗り物の運転手さんイメージは今でも男性です。しかし実情は大きく変化していることは、乗り物に乗ればわかります。今の子供たちのイメージはどうでしょうか?

論文から読み取れる話はこれだけですが、米国では私自身が考えもしなかった方法で子供たちの科学者像が繰り返し調べられていることに本当に感銘を受けました。繰り返しますが、もし科学や科学者についてもっと理解してもらいたいと思うなら、サイエンスカフェや講演会で一方的に情報を伝えるだけでなく、このように科学的調査を繰り返して、一般の方について深く知ろうと努力することこそ、科学者のとるべき態度だと思います。また「女性の輝く社会」への道筋をつける意味でも、次世代の子供たちの心を知ることは大事だと思います。