石器の発達

30万年前の私たちの祖先ホモ・サピエンス(以後サピエンス)の骨が発見されて以来、サピエンスの起源と進化についての研究が大きく動いているのが、私たち素人にも感じ取れる。ただ、この時期になるとDNAは今後よほどの革新的テクノロジーが開発されないと利用できない。従って、これまで通り骨と石器についてのいわゆる考古学が研究の中心になるが、物理学的、地学的、古生物学的年代測定技術が向上した結果、歴史として時代をより正確に特定することが可能になっている。

実際には、石器が発見される場所から必ずしも人類の骨が発見されるわけではない。こんな場合、石器の形状からそれを使っていた人類を推定する必要がある。冒頭の図に示したのは、現在考えられている石器の発達について筆者がまとめたものだが、もちろん私も専門家ではない。そのため、石器の話になると図右に示したJohn J SheaによるStone Tools in Human Evolution(Cambridge University Press)を常に参照している。もちろん、この図もこの本を参考にして描いた。

私のブログの読者のほとんどは、石器について予備知識がないと思うので、まず図を眺めて石器の発達のおおざっぱな歴史を頭に入れてほしい。図示したのはネアンデルタール人も含んだ分類で、アウストラロピテクス、直立原人、ネアンデルタール人、ホモサピエンスと人類が進化したとする考えに従って描かれている。ただ、石器の形状からの分類は必ずしも使っていた人類を示すわけではない。また、図に中石器時代と表現したのは英語のMesolithicという意味で、このブログで中石器時代と述べる場合は、旧石器時代中期(middle Paleolithic )という意味で捉えて欲しい。

図に示すように、石器は使う人類の進化に応じて、不連続的発達を遂げている。その最初が、2足歩行で常時暮らすようになった直立原人の誕生で、彼らの使った石器はその特徴から最初に発見された土地の名前にちなんでAcheulean石器と名付けられている。その後、ネアンデルタール人の出現とともにMousterean石器、そしてヨーロッパに進出したサピエンスがあらわれるとAurginacian石器と、段階的発展が認められる。各時期の石器の特徴の詳細については割愛するが、時代とともに、材質、携帯性、設計、工法などの変化を元に分類されている。

アフリカのサピエンスが使った石器についての論文

400万年にわたる石器の発達史を頭に入れてもらった上で、今日紹介したいのはスミソニアン研究所とジョージワシントン大学からの論文で、これまで知られていたよりずっと前に(30万年以上前)、アフリカのサピエンスが石器の大イノベーションを実現したことを示した研究で、Scienceにオンライン出版されたばかりだ(Brooks eat al, Long distance stone transport and pigment use in the earliest middle stone age (最も早期の中石器時代では石器の原料を長距離運搬し、彩色のための色素も利用していた) Science , in press, 2018: 10.1126/science.aao2646),

この研究はケニア南部のアフリカ地溝帯内に位置するOlorgesailieで行われた発掘の一種のまとめとして発表された3編の論文のうちの一編で、残りの2編はOlogesailieの発掘現場の地質学的・気候学的成り立ち、およびこの場所で60万年以上前に暮らしていた人類と、30万年以降に暮らしていた人類の石器に連続性がなく、後のものはサピエンスが使っていた石器である可能性が高いことを示した論文だ。

Ologesailieの60万年前以上の地層から出土する石器はまさにこのAcheulean石器に相当する。図に示すように、ネアンデルタール人が現れると新しいタイプの石器が見られるようになりこれをMousterian文化と呼んでいるが、サハラ以南のアフリカにはネアンデルタールは暮らしていない。従って、同じサイトから30万年以降に見られる石器はAcheuleanの延長と考えられてきたが、サピエンスが30万年以上前にアフリカ全土で活躍していたことがわかったことから、新しい石器のスタイルはサピエンスによると考えられるようになった。ただ残念ながら、この研究でも新しい地層からは人骨が出土せず、結論は一種の推察になる。

今日紹介している論文では、まずこの新しい石器が、Acheuleanの単純な延長とは考えられない、大きな技術上のイノベーションの結果であることを確認している。まず、Acheuleanの特徴である大型の手斧は姿を消し、繊細で、何度も手を加えたLevallois様式(Mousterianの中に分類される)と呼ばれる鏃のような石器が存在している。これは、デザイン力や技術伝達力に大きな変化が生まれたことを意味している。すなわちAcheuleanと言うより、ずっと進んだ中石器時代(middle stone ageと書かれているがmiddle paleolithicの意味と理解している)に分類できると結論している。記述には、この場所でCoreと呼ばれる、石器を削り出した本の石も出土していることから、おそらくここが石器作りの工房だったと思われる。

この論文で著者らが最も注目したのが、BOK2と呼んでいる層から出土した石器の半分が黒曜石からできていた点だ。この工房跡の周りには黒曜石の産地はなく、25−50km離れた地域から運んできたことになる。しかも、Coreがあることは、原料をそんな遠くから運んできたことを意味する。他にもチャートを原料にした石器も存在し、同じく工房まで運ばれてきたことになる。

このことは何を意味するのだろう?まず、黒曜石が石器として性能が高いことを理解し、作り方を構想し、また方法を伝達する能力が生まれたことを意味する。同じ場所から、色素がついたり、穴を掘った跡が明らかな石が発見されていることから、この石器の作者は装飾など、抽象的なシンボルを使う能力を備えていたことがわかることから、脳が新しい進化を遂げていたと言える。

その結果、50kmも離れた場所の原料を使うことになるが、この原料を自分達で切り出して運んだのか、あるいはすでに様々な場所に散らばるサピエンスの集団の間で交流が盛んに行われていたのか、どちらかだろう。現在のところは決定できないが、黒曜石だけでなく、チャートなど他の原料も利用していることから、著者らはすでに各地に散らばったサピエンスの集団同士の交流があったのだと考えている。今後、石を切り出す現場と、今回発掘された線上に隠れている他の遺跡が見つかると、さらに真実に近づけるだろう。

詳細は省くが、今回発表された3編の論文から、30万年前のサピエンスがアフリカの王者として君臨し始めていた様子が、何を食べていたかも含め、よくわかる。これからもアフリカからエキサイティングな発見があること間違いない。できる限り、紹介していこうと思っている。