皮膚にできるガンを防いでくれるバクテリア

皮膚ガンと戦うキャンペーンMarc JacobsTシャツ(写真:Splash/AFLO)

細菌叢が注目されるわけ

無菌室で暮らさない限り、私たちは何千、何万種類もの微生物に囲まれて生きており、その一部は体の中に取り込まれる。その結果、腸、口腔、肺、皮膚には途方もない種類と数のバクテリアが独特の生態系を作って、私たちの一部になっている。

最近、この細菌叢の生態系が私たちの健康に重要な影響を持つことがわかってきた。いつかこの分野をまとめて紹介したいと思っているが、この分野は本当は個別の細菌とその集団からなるエコシステムが複雑にからまっているためわかりやすく説明するのが難しい。(それなのに、TVや新聞の広告ではあたかもわかったように説明がされているのは、聞いていていつも気になる)。

しかし、そんな複雑な細菌叢研究にこれほどの注目が集まるのは、私たちの身体自体とちがって、様々な細菌が集まって形成しているエコシステムを人為的に変えることが可能だからだ。たとえば、これまで薬を使って治らなかった腸の慢性炎症の中に、正常人の便を移植すると治る患者さんがいる。なぜ正常人の便を移植するだけで炎症が抑えられるのか?少しずつだが、理解が進んでいる実感がある。

皮膚細菌叢の研究

もちろん皮膚にも細菌叢が存在する。たとえば、ニキビの原因になる炎症をおこすニキビ菌(Propionibacterium acnes)もその一つだ。思春期に急に皮脂の成分の変化および分泌量が上昇し、皮膚に常在するニキビ菌の増殖と炎症が起こる。ただ、個人的な印象だが、腸内細菌叢の研究と比べると、皮膚細菌叢研究人口はまだまだ多くはない。また、人間で皮膚の細菌叢と健康や病気の因果性を明確に示した論文はそう多くない(私が読む医学雑誌の範囲は限られていることは断っておく)。

そんな中で、カリフォルニア大学サンディエゴ校のGalloのグループは、昨年皮膚ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)の中に、人間の皮膚で病原性を持つ黄色ブドウ球菌の増殖を抑えるペプチドを分泌する系統が存在し、アトピー性皮膚炎の患者さんの皮膚で減少していることを示し、皮膚の細菌叢の重要性を示すのに成功している(Nakatsuji et al, Science Translational Medicine, eaah 4680, 2017)。

皮膚にできるガンから皮膚を守るバクテリアの発見

今日紹介する論文は、皮膚の細菌叢からガンの発生を抑制するブドウ球菌を発見したという、同じグループからの面白い論文で2月28日Science Translational Medicineにオンライン出版された(Nakatsuji et al, A commensal strain of staphylococcus epidermidis protects against skin neoplasma (皮膚に常在するstaphylococcus epidermidisの1系統は皮膚の腫瘍から体を守る) Science Translational Medicine 4 eaao4502, 2018)。

上に紹介した昨年発表された論文と同じで、中辻さんという日本人が筆頭著者になっている論文で、基本的には昨年の研究の続きだ。A型溶連菌や緑膿菌など、皮膚に常在する病原菌の増殖を抑える細菌をスクリーニングする過程で、ペプチドとは異なる6-HAPと名付けた低分子化合物を介して増殖を抑える菌株をやはり皮膚ブドウ球菌の中に特定したところから始まっている。

有機化学分析により6-HAPの構造を明らかにすると、この化合物が核酸合成を阻害する構造を持つことがわかったため、正常皮膚細胞株(ケラチノサイト)や皮膚のがん細胞に対する6-HAPの作用を調べると、都合のいいことにがん細胞だけに増殖抑制作用を示す。

構造から考えても核酸合成阻害活性に特異性があるとは思えないので、6-HAPの処理能力がガンと正常で違っているのではと狙いを定め、最終的にミトコンドリア内に存在するこのような構造の有機化合物を処理するmARCの発現を比べたところ、正常細胞のみで発現が高いことか明らかになり、これが6-HAPの処理能力の差になっているのではないかと推察している。

データから見ると、これだけで全ての差を説明するのは難しいかもしれないが、6-HAPをマウスに20日近く投与し続けても問題ないので、正常の皮膚ではこのバクテリアと上手く共生でき、あまり正常細胞に悪さをしないと考えてよさそうだ。そして何よりも、皮膚に移植した色素細胞のガン、メラノーマの増殖を抑制することができる。

さらに、紫外線により皮膚細胞のがんを誘発する実験系で、この菌株の抗ガン活性について調べ、この菌株が皮膚に存在すると、パピローマと呼ばれる表皮の異常増殖が抑えられることを示している。

もちろんすでにできたガンの治療に使えるほどの薬理作用はなさそうだが、6-HAPを作る細菌が長い時間が必要な発ガン過程を抑えて、私たちの皮膚を守る重要な役割を担っている可能性は十分ある。重要なのは、この菌株が普通に私たちの皮膚に存在することで、ひょっとしたら皮膚の守り神かもしれない。ただ本当にこの菌株がガンの発生を人間でも抑えているのかについては、よくデザインされた疫学調査が必要だろう。

腸内細菌分野では、ガンを誘発する突然変異分子を分泌する細菌は研究されてきたが、私たちを皮膚のガンから守ってくれる細菌の話は、私が読んできた中では最初のように思う。いずれにせよ、バクテリアとの共生も大事で、なんでもかんでも清潔だけがいいというわけではないことが改めてわかった。