思春期を科学的に理解することの重要性

(写真:アフロ)

Natureとその姉妹紙の思春期研究特集

2月の終わり、Natureとその姉妹紙が思春期研究の重要性についての特集を組んでいたので紹介することにした。私自身はこの内5報を読んだが、このブログでは、個別の論文を紹介することはやめて、全体を読んだまとめを書いてみたいと思っている。そのため、今回取り上げた5編の特集論文の要点を、以下に短くまとめてみた。

1)Dahi et al, Importance of investing adolescence from developmental science perspective(発達科学の観点から思春期研究に資源を向ける重要性) Nature 554:441, 2018, doi:10.1038/nature25770

思春期に起こる神経細胞と神経回路の変化について説明し、この結果として起こる行動変化を対応させている総説。

2)Northman and Trang, Dynamics of body time, social time and life history at adolescence(思春期の生命史での体の時間と社会の時間)Nature 554: 451, 2018, doi:10.1038/nature25750

生物学的思春期の変動を、社会経済的環境の問題として捉え、思春期を支える社会について論じている。

 

3)Patton et al, Adolescence and the next generation(次世代と思春期)Nature 554:458, 2018, doi:10.1038/nature25759

社会経済的要因で起こっている思春期の大きな変化が、生まれてくる次世代に及ぼす影響について議論している。

4)Folks and Blakemore, Studying individual differences in human adolescent brain development(人間の思春期脳発達での個体間の違いを研究する)Nature Neuroscience in press, 2018, doi:10.1038/s41593-018-0078-4

思春期の脳発達の多様性と、その原因について議論している。

5)Moffit, Male antisocial behaviour in adolescence and beyond(男性の反社会的行動:思春期とその先) Nature Human Behaviour 2:177, 2018, doi:10.1038/s41562-018-0309-4

思春期の一過性の反社会的行動と、思春期以前に始まる反社会的行動の質的な違いについて説明した総説。

PubertyとAdolescence

さて、この原稿では思春期と一括りにしているが、それぞれの論文ではpubertyとadolescenceは区別されている。いろんな訳し方があると思うが、私はpubertyがより身体的思春期のイメージで、adolescenceは身体的思春期が始まってから大人になるまでの準備期間のイメージとして論文を読んでいる。

いずれにせよ、イジメや引きこもりを筆頭に、今教育現場で私たちが直面する問題のすべては、思春期の問題だ。ところが、この時期の科学的研究は驚くほど少く、実際上の5報の論文を読んでみても、ようやく科学的取り組みが始まったばかりという印象が強かった。実際、科学が得意なのは対象が絞られた研究で、この時期のように「個性」という大きな多様性が生まれる時期は研究が難しい。しかし、全ての論文に共通するのは、pubertyとadolescenceの間のギャップがこの時期の多様性を決めており、そこに経済・社会的環境要因が大きく影響している点だ。

思春期の心と身体

例えば、私たちは思春期に子供が一段と成長することを知っており、「お前、随分大きくなったな」「お前、ずいぶん大人になったな」というのは思春期表現の定番だ。これは、身体的にも、精神的にも、幼児期の発達とは異なる、いわばカエルの変態と言えるような発達様式をとって、大人への準備を行うからだ。

実際、ホルモン(特にテストステロン)の急速な上昇が思春期の引き金になり、これにより男女共に体の成長速度を一時的に増加する(もちろんこれに伴い2次性徴も現れる)。大事なことは、身体と脳がこの時同時に変化し、協力して心身の発逹を形成することだ。すなわち、同じホルモン上昇による引き金が、脳神経回路形成に関わる神経間の接合(シナプス接合)のダイナミズムを大きく変化させ、思春期独特の脳回路形成が進む。具体的には、大人と比べると神経結合を作ったり壊したり、スパインと呼ばれる構造の消長が激しくなる。

この過程で、発達期とは異なる新しい回路が形成され、これが大人になっても安定的に維持される。例えば、前頭葉で抑制性の介在神経が増えやすくなる。マクロの回路レベルでは、扁桃体や腹側被蓋野のような感情を司る領域と前頭前皮質の結合が強化される。

この過程の変化を箇条書きにすると、

1) 身体的成長の加速と、それに伴う代謝の亢進、

2) 新しいことや興奮を求める傾向の高まり、

3) 睡眠と循環の大きな変化、

4) 自我が芽生え、より良いステータスを求め、尊敬されたいという気持ちが高まる。

5) 社会との交流への動機が生まれる。

6) 目標が定まってくる。

おそらくほとんどの人にとって「これらは百も承知」のことだろう。しかし、教育を議論する場でどこまで科学的立場に立った議論がされているのだろうか。私はシナプスの変化など、実際に理解することでより実質的な議論が可能になると思う。

例えば米国では3)に合わせて、学校の開始時間を遅らせる動きがあるし、4)に基づいて、先生も生徒を一人前の人格として尊敬を持って接するように先生が指導される。さらに、5)で言えば、チーム学習は効果があるし、逆にいじめは4)、5)の活動を抑制し、結局6)のゴールを、いじめている相手に対する死を持っての抗議へと変換してしまう心配がある。

個性と脳発達の多様性

一般的に、大脳皮質の神経が集まった灰白質は生後の発達期に厚みを増すが、思春期に入ると急速に低下する。逆に、神経の繊維が集まる白質は増加を続ける。これは思春期にシナプス形成の消長が高まり、その中から安定したシナプス結合が選ばれる結果を反映していると思う。

ただ大事なのは、思春期の変化に大きな個人差があることだ。特に先に挙げた、扁桃体や腹側被蓋のような感情に関わる領域の個人差が大きいことが、発達期の脳を追跡したコホート研究で明らかになっている。そしてこの器質的多様性の結果として、性格や能力の個人差の大きな違いが思春期に生まれる。例えば、機能と構造を機能MRIで調べた研究から、腹側被蓋などの回路の発達とリスクを取る能力は相関があり、思春期に個人差が大きくなることを示している。

思春期成長と環境

重要なのは、この差を生み出す要因として、子供の置かれた社会経済環境が大きい点だ。

これは、pubertyとadolescenceともに影響を受ける。例えばpubertyで言えば、1840年のヨーロッパで行われた調査では生理の始まりはなんと17歳だったようだが、現在は多くの国で12歳前後になっている。身長は遺伝的要因に大きく影響されるが、経済発展とともに、その人種でも一定の比率で思春期の身長の伸びは上昇している。逆に言うと、先進国でも貧困などの社会的環境は、大きな違いの原因になる。貧富の差が拡大すると、思春期の身体的成長の大きな差が生まれる。

当然脳の発達も同じだ。貧困家庭では知能だけでなく感情の回路形成が強く抑制されることを示す明確なデータが存在する。例えば、怒った顔を見せられた時の前頭前皮質と扁桃体の反応は、貧困家庭の子供ほど高い。すなわち、感情を抑えることがうまくいかない。思春期に特に発達する抑制性の介在ニューロンの発達に関係していると思う。この結果、仲間外れにされた時の反応も過剰になることも示されている。

また、これらの反応は、育った文化によっても大きく影響される。要するに、個人差、即ち私達が性格や能力と呼んでいるものの多くが、思春期を過ごす環境に大きく影響される。すなわち、社会経済的環境、仲間との交流、そして文化が子供たちの思春期に影響する3大要因と言える。このバランスがうまく取れた環境を子供達にどう与えるか、これは私たち大人の使命だ。

思春期の重要性

最終的に思春期に受けた変化は、大人へとそのまま移行するだけでなく、次世代にも拡大する。

先進国では、Adolescenceが延長し、最初の出産年齢が急速に高齢化している。これまで、adolescenceでの出産は、流産、早産、乳児死亡率など、様々な問題の原因であることがわかっている。これは、早期出産が途上国に多いことだけが原因ではない。先進国でも、十代の出産では同じ傾向がみられる。

一方、たしかに初産が高齢へと移行することで、しっかりと成熟してから子供を儲ける余裕ができたことは大きい。しかし、adolescenceが伸びることで、卵子の老化が進むだけでなく、今度は様々な身体・精神的ストレスを受ける可能性が高まった。更に、低栄養の心配はなくなったが、逆に肥満の危険性が高まった。これらは全て精子、卵子のエピジェネティックな変化を引き起こす。Adolescenceの伸びた先進国ではこれらの要因の影響を科学的に調べられることが求められる。

PubertyとAdolescenceのギャップは、犯罪動体にも大きく影響する。アメリカで犯罪の最も多い年齢は15ー20歳の思春期に集中する。もちろん思春期は社会と自己との折り合いをつける時期で、自然と反社会的になる時期だ。面白いことに、最後の論文では、反社会的行動のはじまりがおそいほど、反社会的期間は短くなるという研究を紹介している。即ち、早くから始まる反社会的行動ほど注視する必要があるようだ。

まとめ

以上紹介したように、思春期研究は始まったばかりだが、生物学、脳科学、心理学、教育学、社会学など、様々な分野が統合される、21世紀型の学問領域に発展することは間違いないだろう。少子高齢化に直面する我が国にとってはなおさらだ。是非発展することを願っている。また、思春期教育の議論に関わる方々も、思いつきや怪しいデータではなく、正確なデータに基づいた議論で我が国の将来を決めて欲しいと思う。