サピエンスの歴史 IV ヨーロッパへ

(提供:MPI EVA Leipzig/ロイター/アフロ)

ヨーロッパの現生人類というと、クロマニヨン人が有名だ。ただ彼らは、ヨーロッパが現生人類に支配されるようになった後に現れた。

様々な証拠から、6万年前のヨーロッパは完全にネアンデルタール人が支配していたことが確認されており、この間にヨーロッパの支配者が交代したことになる。今回はこの交代の背景を考えてみたい。

ヨーロッパへの足跡

まず、現生人類のヨーロッパへの足取りを確認しておこう。

私のブログで紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/3635)、ゲノム解析ができた最も古い現生人類は、ルーマニアで発見された約4.2万年前の骨で、6-9%のゲノムがネアンデルタール人由来であることが確認されている。このことは、現生人類のヨーロッパへの進出が、ネアンデルタール人と常に接触を保ちながら進んだことを意味している。残念ながらこの系統はその後断絶したようだが、同時期に現生人類が西へ西へと進出を続けたことを示す証拠は多く残っている。

図は、2011年NatureのPaul Mellarsの記事(Mellars et al Nature 479:483, 2011)を参考に筆者が描きなおした地図で、現生人類がたどったヨーロッパへの主な移動経路を示している(カッコ内の数字はXX年前)。これまで議論してきたように、約5万年前にシナイ半島でのバランスが崩れた後、トルコからバルカン半島を経て、3つのルートで西ヨーロッパに移動したと考えられている(それぞれのルートは、遺跡から出土する石器の特徴から特定されている)。この図から、現生人類が1万年足らずでヨーロッパ全土に広がったことがわかる。

3本のルートは南から、ウルツィアン、プロトオーリナシアン、オーリナシアン移動と名付けられている
3本のルートは南から、ウルツィアン、プロトオーリナシアン、オーリナシアン移動と名付けられている

16万年前にはすでに現生人類がシナイ半島に到達していたことを考えると、この時10万年続いた均衡が突然破れたことになる。

現生人類が優位になった要因

なぜ5万年前、ネアンデルタール人と現生人類の力関係に大きな変化が起こったのか?幾つかの可能性について考えていこう。

気候

前回、現生人類の出アフリカを阻んだのは気候などの自然要因ではないと述べた。しかしヨーロッパ進出には気候も大きく関係した可能性がある。コロラド大学Hoffeckerの総説によると(Hoffecker PNAS 106:16040, 2009)、現生人類のヨーロッパ進出時期は、気候が温暖と寒冷の間でめまぐるしく変化した時期だった。またイタリアのナポリにあった火山の大噴火が4万年以上前に起こったことも知られている。この噴火はヨーロッパ全土の生態系を変化させたに違いない。他にも、7万年前にはスマトラのトバ火山の大噴火により、地球全体の気候や生態系が影響を受けている。これらの自然の変化に起因する、特に寒冷化、食料の減少などは、寒冷地に住むネアンデルタール人の方が、温暖な地域に暮らす現生人類より強く影響されたと考えられる。従って、現生人類のヨーロッパ進出に気候など自然要因が有利に働いた可能性は決して否定することはできない。

両者の交雑

現代に生きる我々にもネアンデルタール人の遺伝子が流入している。すでにYahoo!ニュースでも紹介したように(https://news.yahoo.co.jp/byline/nishikawashinichi/20170312-00068614/)、我々のゲノムが持っている緯度の高い寒冷地に適応した遺伝子型の幾つかがネアンデルタール人ゲノム由来であることも分かっている。

ルーマニアで発掘された原生人ゲノムの6-9%がネアンデルタール人由来であるという事実は、当時かなりの頻度で交雑が行われていたことを物語る。とすると、ネアンデルタール人との交流により、現生人類の中に、寒い北国でも暮らせる集団が生まれ、これがヨーロッパへの進出を促した可能性がある。

文化・技術の優越性

これまでヨーロッパ進出の要因について最も広く受け入れられてきたのが、現生人類がこの時期までにネアンデルタール人より技術や文化の優越性を獲得したという考えで、ネアンデルタール人の絶滅も同じ延長線上に考えられてきた。

文化や技術に限るとこの理由として、

1)現生人類のプロトオーリナシアン石器などとネアンデルタール人のムスティエ石器を比べると、ムスティエ石器は技術的に劣っており、ネアンデルタール人はイノベーション能力で劣っていた。

2)その結果、武器のテクノロジーは現生人類と比べると劣っていた。

3)ネアンデルタール人には、装飾や絵画といったシンボルを用いる文化が形成されていなかった。

4)ネアンデルタール人の社会構成は、現生人類より少人数で構成されていた。

などが重要な根拠とされているが、私にとっても十分納得できる理由だ。

ところが最近、現生人類が進出する前のヨーロッパで発掘されたネアンデルタール人の遺跡から、これらの根拠を否定する様々な証拠が出て、上に挙げたような技術・文化の優越性を持って、5万年を境にしたヨーロッパ進出を説明できるのか怪しくなってきた(Villa and Roebroeks Plos One 9:e96424)。

また考えてみると、もし技術的優位性が生まれたとしても、5万年以前のシナイ半島では、両人類が接して暮らしていた。技術や文化の差異は、各文化に取り込まれ、常に差が平準化されていたとしても不思議はない。

とすると両者のバランスの変化を、青銅器文化が石器文化を征服し、鉄器文化がさらにそれを征服するといった単純な構図で捉えるのは乱暴だろう。

もし両者の文化や技術にほとんど差がなかったとすると、では何がこの均衡を破ったのだろうか。

言語

証拠は全くないが、個人的には現生人類だけに生まれた言語が、この均衡を破る原因だったのではと想像している。

これまで文化の優位性のなかに、当然言語も含まれていた。すなわち、ネアンデルタール人は話し言葉を中心とする言語を持っていなかったと考える人が多い。ただ、現在使われているような言語の存在を、先史時代の遺物やゲノムから特定することは難しい。

ところがこと言語の問題になると誰もが口が軽くなってしまうようで、エビデンスに裏付けられていない話が拡散するのを恐れたパリ言語学会は、1866年に言語の起源に関する議論をすることはまかりならんと禁止令まで出している。

ただ私はこの禁をあえて犯して、言語の誕生こそがシナイ半島での均衡を破り、現生人類のヨーロッパ進出を可能にしたことについて、言語誕生の条件を考えながら最終回に述べてみたい。

これまでサピエンスの歴史を、なるべく論文を参考にしながら、話が荒唐無稽にならないように心がけてきたが、最終回は少し大胆に、エビデンスにこだわらずに想像することをお許しいただこう。

(前回、第IV話が最終回と予告したが、少し長くなりそうなので最終回は次回に変更した)