サピエンスの歴史  II アフリカ時代

(提供:MPI EVA Leipzig/ロイター/アフロ)

種分化

前回述べたように、われわれ現生人類サピエンスの先祖はアフリカで、他の古代人類から分離する。

一般的に生物学で種の分離というと、ダーウィンがガラパゴス諸島を例に説明したように、共通の祖先由来の種が地域的に隔離され、限られた個体間で交雑を繰り返し、環境に適応する中で、他の種とは交雑が不可能な独立した種を形成する過程を意味する。

しかし自然状態で交雑が見られなくなっても、人工的には交配して生殖能力のある子孫を残せる種もある。例えば、ヨーロッパのカラスは、中央部に棲む真っ黒なカラスと、周辺部に棲む黒と灰色の2色のカラスに分かれるが、境界領域で共存していても、交雑することはない。しかし、人工的には交雑可能であることがわかっている。なぜ互いに交雑しないのかゲノムを調べると、羽の色の分化だけでなく、パターンを認識する脳の発生に関わる遺伝子にも違いが認められることから、互いに視覚的に差別し合っているのではと考えられている。(Poelstra et al, Science 344, 1410, 2014).

いったん分離した種同士が交雑することで、進化が早まることも知られている。最近私のブログで紹介したように、ガラパゴス諸島の一つダフネ島にくちばしの大きなダーウィンフィンチの種が一羽飛来したおかげで、30年という短い時間に大きな形態変化を遂げたことが報告されている。(Lamichhaney et al. Science 359, 224, 2018)。

ではアフリカで生まれた我々サピエンスの祖先は、どのように種分化を遂げたのだろう?

現生人類最古の骨の発見

2017年6月8日Natureにライプチヒのマックスプランク人類進化研究所から、1960年代に発掘が行われていたモロッコIrhoudから新しく発掘された31万年前の頭蓋の一部がホモ・サピエンスの特徴を持っていることが発表され(Hublin et al, Nature 546:289, 2017)、我々の先祖、現生人類の誕生研究にとって2017年は忘れられない年となった。

この発見は幾つかの点で重要だ。一つはこれまで見つかった最も古いホモ・サピエンスの骨らしいこと。すなわち、30万年前にはホモ・サピエンスとして分離していたこと。2つ目はこれが人類誕生のゆりかごと考えられてきた東アフリカでなく、西アフリカで発見されたこと。すなわち、分離が始まったサピエンスはすでに広くアフリカに分布していたこと。そして3つ目が現生人類の特徴ははっきりしているが、ネアンデルタール人やハイデルベルグ原人の特徴も見られることだ。このように完全に現生人類に分離したというより、ネアンデルタール人や他の古代人の特徴が混ざっている点から、分離後時間が経っていないため両方の特徴が残っているだけでなく、共存する間に交雑を繰り返して進化した可能性も示唆されることだ(と私が勝手に思っているだけだが)。

様々な古代人類の特徴を併せ持つサピエンスの骨

分離後も交雑が繰り返されたのではという可能性を念頭に、これまで発掘された骨を調べると、なんとなくシナリオが見え始める。モロッコで新たに発掘された骨だけでなく、現生人類と古代人類の特徴の両方を併せ持つ骨がこれまでなんどもアフリカで発見されている。

そのうちの一つは南アフリカ・Florisbadで発見された骨で、1996年に26万年前の骨と特定され、現生人類とハイデルベルグ原人の特徴を併せ持っている(Gruen et al, Nature 382, 501, 1996)。

同じようにナイジェリアからももっと新しい(15万年前)、しかし現生人類、ネアンデルタール人、ハイデルベルグ原人などの特徴を併せ持つ骨も発見されている( Harvati et al, Plos One 6, e24024, 2011)。

このように、現生人類がアフリカで他の人類と交雑を繰り返す中で、現在のアフリカに住む最も背の低いムプティ人と最も背の高いマサイ人の間の差以上の多様性が生まれていたと考えてもよさそうだ。

アフリカの古代人類

現生人類が生きた時代に、様々な古代人類がアフリカで生息していたことも知られている。

ネアンデルタール人だけでなく、ハイデルベルグ原人に近い種も同じ時期に生息していた。

ただ、これ以外にも多様な人類が共存していたことを示すデータも蓄積してきている。中でも論議の的になっているのが、やはり南アフリカで発見されたHomo Nalediだろう。骨の特徴から、かなり原始的な初期の人類と考えられてきた。ところが最近の年代測定により、この原始的な人類が何と24-33万年前に生きていたことが明らかにされた(Dirks et al, eLife 6, e24231,2017)。

さらに面白いのは、Nalediが出土した洞窟からは、これまで何と1500体もの骨が出土している。おそらく死体を別の場所に廃棄する習慣を持っていたと考えられるが、同じ種の骨がこれほど多く出土することは奇跡に近い。各個体の特徴が明らかになることで、Naledi内に生じていた多様性が明らかになり、他の人類との交雑の可能性も示されるのではないだろうか。

このように、人類誕生のゆりかごアフリカでは、想像以上に異なる人類が共存し、おそらく交雑を繰り返しながら、複雑な進化を遂げていた可能性を示唆している。交雑により進化速度は早まるが、一方で淘汰も進んだと考えられる。実際前回紹介した、ネアンデルタール人で見られるミトコンドリア系統のスイッチは、この時代の人類が強い淘汰の圧力にさらされていたことを物語る。この淘汰に耐えて、我々の先祖はアフリカ時代を生き残り、出アフリカを果たすことになる。