遺伝子治療の臨床展開が加速している:Science掲載総説紹介

(提供:アフロ)

毎日論文に目を通していると、遺伝子治療が信頼できる治療法として実用段階に入ったことを実感する。これは科学界共通の実感で、2017年の特記すべきサイエンスの成果としてScienceNatureも脊髄性筋萎縮症の遺伝子治療を挙げていた。またトップジャーナルも、変異遺伝子が特定されている遺伝疾患の治験研究は言うに及ばず、特定の遺伝子変異が認められないパーキンソン病でも遺伝子治療の治験研究論文を競って掲載していると思う。

遺伝子治療の現状をまとめた総説がScienceに掲載された

この状況を受けて、NIH(米国国立衛生研究所)を始めとする遺伝子治療を進めてきたグループ(我が国では東大の小澤さんが共著者になっている)が、遺伝子治療の現状報告をまとめて先週Scienceに掲載した(Dunbar et al Gene therapy comes of age(遺伝子治療の時期が到来した) Science 2018: DOI: 10.1126/science.aan4672)。

内容は論文を通して私が持った印象に極めて近く、この分野に興味を持っておられる方のために紹介することにした。内容を理解するためには、ある程度の知識が必要だが、未来の医療の大きな柱になることは間違いないので、ぜひ読んでみて欲しいと思う。

総説論文の内容

歴史

私自身は血液発生を研究していたこともあり、1980年後半にはレトロウイルスによる遺伝子導入技術を普通に実験に用いていた。このため、この技術が遺伝子治療として臨床応用されるのも時間の問題と考えていた。

実際、1990年代にNIHを中心に様々な遺伝子治療が試みられ、我が国でも北大で治療が行われたと思う。しかし期待通りの効果がほとんど見られなかっただけでなく、死亡例まで出る惨憺たる結果に終わった。

ただ、遺伝子治療のようにコンセプトが明確で、技術的問題だけが残っている場合は、必ず問題は克服される。初期の失敗の後もう一度実験室に問題が持ち帰られ、新しいベクター(細胞へ遺伝子を運ぶ役割を担うミサイルのようなシステムで、多くの場合現存のウイルスの細胞へ感染する力を利用している)や、最近話題の遺伝子編集などの技術が開発されることで、この10年に目をみはる成果を上げ始めている。

技術

現在遺伝子治療に用いられる代表的ベクターは、レトロウイルスと、アデノ随伴ウイルス(AAV)の2種類にほぼ絞られている。前者はエイズウイルスと同じタイプのウイルスで、このベクターを使うと導入する遺伝子はホストのゲノムに組み込まれる。これに対し、AAVはホストのゲノムに組み込まれず、ウイルスとして細胞内で独立して維持される。ホストのゲノムに組み込まれないため、ゲノムが傷つく心配はないが、分裂細胞では導入したウイルスが薄まり、時間とともに治療効果が失われる難点がある。

レトロウイルスベクターの進歩

最初の世代のγレトロウイルスベクターは遺伝子調節領域に組み込まれやすく、免疫不全症の治療を受けた患者さんに白血病が多発したこと、そして遺伝子導入効率が高くないという問題があった。

この反省に基づき、レンチウイルスベクターや、スピューマウイルスベクターなどの新しいレトロウイルスベクターが開発され、特にレンチウイルスベクターは遺伝子のコーディング領域に導入される確率が高く、導入効率も高いことで最もよく利用されるようになった(例えば初期のiPSはこの技術で樹立された)。

さらに、ベクターが飛び込んだ近傍の遺伝子の発現に影響するウイルス領域(エンハンサーと呼んでいる)を自滅させるデザインも開発され、臨床治験に利用され始めている。先に白血病が多発して問題になった免疫不全症の治療も、新しい方法で治験が進んでいる。次の標的として治験が進んでいるのが、タラセミアと呼ばれる遺伝性の貧血の治療で、うまくいけば一回の治療で完治できる可能性がある。

最近レンチウイルスを用いた遺伝子治療として昨年注目を集めたのが、T細胞にガンを殺すキメラ受容体を導入するCAR-T治療で、FDAの認可を受けた。

アデノ随伴ウイルス(AAV)

1990年代にAAVを用いた遺伝子導入で、遺伝子発現が長期に続くことがわかり、急速に開発が進んだ。

最も進んでいるのが血友病の遺伝子治療で、静脈注射により肝臓に感染する率が高いことがわかり、血中の凝固因子を10%近くにまで回復させ、その状態を長期間維持できることが明らかになっている。この結果、高額な凝固因子の注射を減らすことで、医療費を抑え、また患者さんの生活の質を上げることができると期待されている。

ただAAVの問題は、時間とともに効果が落ちること、ウイルスに対する抗体やT細胞によりウイルスが不活化されることで、まだ決め手はない。

遺伝子編集

我が国ではもっぱらクリスパーだけが問題になっているが、すでに開発された方法(ZFNやTALE:方法の詳細は省く)は着実に進展しており、例えばエイズ患者さんのT細胞にウイルス感染に抵抗性を付与する(CCR5 不活化)や、CAR-Tなどの分野で臨床治験が進んでいる。

ただ、将来はクリスパーが中心になることは誰もが認めるところで、今後急速に発展すると期待される。

標的遺伝子以外の部位(オフターゲット)に対する切断活性など、様々な問題が指摘されるが、iPSと同じで技術上の問題は必ず解決される。今後体細胞遺伝子治療が続々申請されると思われるが、中国ではすでに9治験が登録されている。

もちろん同じ技術を胚操作に応用する研究も始まっているが、現在ほとんどの国でこの方向の研究は禁止されるか、自主規制が行われている。

ウイルスベクターを注射する遺伝子治療

ウイルスを注射して遺伝子が導入できれば一番簡単で、AAVによる遺伝子導入では臨床治験が進んでいる。もちろん目的以外の臓器にトラップされるなど様々な問題がある。ただ、肝臓、眼、神経系では問題が克服されつつあり治験が行われている。

肝臓を標的にする遺伝子治療

最も成功しているのが、第9凝固因子遺伝子を導入する血友病の治療で、静脈注射した遺伝子が肝臓細胞に感染し、凝固因子を長期間作り続け、出血を抑える効果があることが確認されている。しかしこれまで行われた全ての治験で、ウイルスに対する免疫反応が問題として記載され、この解決が今後最大の課題といえる。

視力低下につながる様々な遺伝子異常が知られており、眼球内への局所投与が可能なことから、遺伝子治療の対象として臨床研究が進んでいる。これまで最も研究が進んでいるのがRPE65遺伝子欠損により視力を失った患者さんで、AAVを用いた最近の無作為化研究で、効果が確認された。この結果に励まされて、現在レーバー病など他の遺伝子疾患の治験も始まっている。

神経・筋肉

パーキンソン病はドーパミン合成酵素遺伝子を直接脳内へ注射するI/II相治験の論文が出ており、現在は次の段階に進んでいると思う。また、脊髄性筋萎縮症では、スプライシングをアンチセンスRNAで制御する遺伝子治療が成功し、昨年の大きなニュースになった。

試験管内での遺伝子改変

レトロウイルスベクターを用いた免疫不全症の治療が最も進んでおり、γレトロウイルスを用いる最初のバージョンで白血病が多発した反省にたって、現在ではレンチウイルスベクターを用いる新しい方法が成果を収めている。血液幹細胞を標的にする遺伝子治療は、他にも様々な疾患に適用可能で、現在タラセミアの遺伝子治療国際治験が進行している。タラセミアについては、今後遺伝子編集の標的として研究が進むと予想できる。

CAR-T

レンチウイルスベクターを用いてキメラ遺伝子を患者さんのリンパ球に導入する方法はFDAに認可された治療として昨年から利用が始まったが、このCAR-Tには他にも様々な技術が試されている。一つの方向は、現在ガンの標的として用いられているCD19に加えて、他のガンマーカーに対する抗体を用いて骨髄性白血病や、固形ガンを治療する方向性の研究で、もう一つの方向は患者さん本人のT細胞を用いるのではなく、すべての患者さんに対応できるようあらかじめ用意しておけるキラーT細胞の開発で、どちらも臨床応用はかなり近い。

まとめと感想

以上が総説の内容だが、遺伝子治療実用化が現実になりつつあるのがよくわかってもらえたと思う。

しかし問題もある。もともと遺伝子治療は、原理的に個人の遺伝子変異に合わせた治療が可能な方法へ発展できる方法として期待されてきた。しかし最近実用化された遺伝子治療は、あまりに高価で、実際の患者さんには手が出ないと言う問題がある。この問題を解決しない限り、おそらく遺伝子治療の普及はないだろう。

規制をどうするのかも含め、早期の議論が必要だと思う。