帆立貝は200の反射望遠鏡型の目で周りを見ている

(ペイレスイメージズ/アフロ)

現役時代は人間を含む哺乳動物しか相手にしたことがなく、他の動植物に対する知識は皆無といってよかった。もちろん勉強すれば済むことだが、忙しさにかまけて専門馬鹿になりきっていたように思う。しかし、現役を離れるということは「専門」という制限から解放されることで、分野を問わず生命科学の論文を読むようになり、世の中にはこんな面白いことがあるのかと毎日興奮している。

今日紹介する論文も前回に続いてイスラエル・ワイズマン研究所からの論文で、ホタテ貝の目の構造と機能について調べた研究で12月3日号のScienceに掲載された(Palmer et al, The image forming mirror in the eye of the scallop(ホタテ貝の目に存在するイメージ形成のための鏡), Science, 358:1172, 2017)。前回紹介した自閉症の匂いに対する反応の研究と今回のホタテの目の研究を続けて読んでみると、イスラエルではトップの研究所で、研究者の自由な発想をいかした面白い研究が行われていることに感心する。

研究だが、海洋生物学者にとっては当たり前の事実だそうだが、素人の私はまずホタテ貝が200もの目を持っていることに驚いた。しかし言われてみると、確かにホタテ貝が移動するのをビデオで見たことがある。とすると、当然視覚があってもおかしくない。しかし、200もの目で、250度の範囲を見張っていることを知ると、生きたホタテを見る目が変わってしまう。

研究ではホタテの目の構造を解明し、あとはこの構造で周りの景色をどう結像しているのかシミュレーションしているだけで、純粋な解剖学研究と言っていいだろう。現代的な発生学もないし、分子生物学もない。しかし、このような研究が可能になるためには、やはり新しい技術が必要で、この研究では氷結したサンプルの微小構造を乾燥させずに見ることができるクライオ走査電子顕微鏡と、ミクロレベルの解析を行うX線CTが用いられている。

まず驚くのが、ホタテの目が一般的な目の持つ角膜、レンズ、網膜のセットに加えて、後ろ側にタイルの様に敷き詰められた数多くの反射板からできた反射鏡を持っており、この反射板で像を網膜に結像させている点だ。この反射板は2ミクロンほどのグアニンの結晶でできており、これで網膜に焦点を合わせている。写真を示せないので残念だが、よくこんな結晶をうまくカーブをもたせて敷き詰めたと感心する。例えて言えば、キチンの結晶でできた蝶々の鱗粉が同じ焦点を向いて並んでいるようなものだ。ただ、キチンと比べるとグアニンはあまりにモロい。このような美しい電験写真を撮るだけでも大変だったのだろうと思う。しかし、ホタテはグアニン結晶を反射板に選ぶことで、青から緑にかけての波長だけを集めることで、水を通る光にしっかり適応している。

あとは構造から、鏡で反射された光がどこに結像するかをシミュレーションしている。ホタテの目の構造でもう一つ驚くのは、網膜が2枚あることだ。シミュレーションにより、反射板の層から近い側の網膜は、弱い光に反応する目的に使われ、一方遠い側の網膜は強い光に対応することも明らかにしている。すなわち、私たちの網膜の周辺で弱い光で物を感じる桿体細胞と中心部で明るい光で物を感じる錐体細胞の役割を果たしていることを示している。こんな優れ物の目を200も光らせて、ヒトデなどの外敵に備えていると思うだけですごい。

「だから何なの?」と言われればそれだけだが、これほど精巧な仕組みを生み出した進化の驚異と、それを最新のテクノロジーで明らかにしてくれた研究者たちに、私は興奮を抑えられなかった。