音楽の好みを電磁波で操作する

TMSによる脳操作(写真:アフロ)

音楽の鑑賞に関わる脳の過程が、絵画の鑑賞過程から絶対違うことは、目を閉じて好きな音楽や絵画を思い出してみるとよく分かる。画家や絵に強い感動を覚える人は、ひょっとしたら頭の中で絵画を写真を見るように思い出せるのかもしれないが、私自身はどんな好きな絵でも、言葉でもう一度記述し直さないと、詳細を思い出せない。これがまんざら私だけの問題ではないことは、エミー・ハーマンの「観察力を磨く名画解読」(早川書房)を読んでみるとわかる。要するに見たものを丹念に言葉に直して記憶し直すことが鑑賞には必須であることがわかる。一方音楽は、まったく新しい曲でも気にいると演奏会場から出た瞬間から頭の中でぐるぐるメロディーが回っているし、好きな音楽のメロディーを思い出して頭の中で再構成するのはそれほど難しくない。個人的には、この違いの大きな原因の一つは、音楽がその始まりから感情を伝えるメディアであったからだと思っている。

この音楽の喜びを感じるメカニズムについては、脳イメージングを使った研究が進んでいるが、今日紹介するカナダ・モントリオールのマクギル大学からさらに踏み込んでこの喜びの感情を操作できるかを調べた研究が発表された(Mas-Herrero et al, Modulating musical reward sensitivity up and down with transcranial magnetic stimulation(経頭蓋磁気刺激を用いて音楽の喜びの感受性を上げたり下げたり操作する), Nature Human Behaviour, 2017, doi:10.1038/s41562-017-0241-z)

研究ではまず実験に参加してくれた人たちの好みの音楽のタイプを調べ出し、このタイプに合った曲(ポップミュージックに限っている)をトップ40チャートから前もって選んでおいて実験で聞かせている。曲を聞かせる時、頭蓋の外から電磁波を当て(TMS)曲に対する好感度を操作できるか調べるのがこの研究の目的だ。

これまでの研究で、音楽を聴いた時の喜びの感覚にはドーパミンを分泌する神経の存在する線条体と前頭前皮質の後ろ側方との回路が関わっていることが知られている。また同じグループは、この神経回路の感受性をTMSを用いて高めたり、抑えたりする方法を2005年のNeuronsに報告している。この回路を音楽を聴いた時に喜びを与えてくれる「ご褒美回路」と考えることができるが、この回路の興奮閾値を変化させられれば音楽に対する好き嫌いの気持ちを操作できることになる。

このような心理的評価を複数の被験者で調べる実験は、評価の指標が妥当かどうかが勝負で、このために多くの予備実験が行われているが、この点については信頼するとすると、結論は明快だ。この実験の詳細を全て省いて結果だけ紹介すると、1)音楽を聴いた時の満足度を自己評価させるテスト、2)一種の嘘発見器のような仕組みで感動の度合いを客観的に捉えるテスト、そして3)音楽を聴いた後にその音楽をお金を払ってダウンロードするかどうか、するならいくら払うか申告させるテスト、の全てで、TMS照射により聴いた喜びを高めたり、低めたり操作できることを示している。

話はこれだけで、何度も紹介してきた頭蓋の外から電磁波をあてて脳を操作するTMSが急速に進歩していることを実感するとともに、この技術の臨床での利用については早く議論を進めた方がいいように思った。

現在急速に進む光遺伝学などの脳操作法と違い、現在のところTMSは脳神経細胞への選択性がないため、脳全体の状態を調整する機能の操作に限られる。この研究からわかるように、ドーパミンや、脳内麻薬物質の分泌操作を通した感情の操作には高いポテンシャルがある。例えば、これまで拷問というと肉体的に痛めつけて服従させることだが、今後「快感の回路」をTMSで操作して、中毒にしてから服従させることすら可能になるように思う。喜びの拷問をどう規制するのかも議論が必要になるだろう。

音楽が覚えやすいように、感情は理性を簡単に超える。「快感と理性」の脳科学の倫理ほど、21世紀の倫理委員会にふさわしい議題はないと思う。