自由競争で薬価は下がる?

(写真:ロイター/アフロ)

現役を退いてから4年間、私のホームページ(www.aasj.jp)では論文に発表された有望な治療法はできるだけ紹介するようにしてきた。幸いこれらの治療法は我が国でも順次保険収載されているようだが、効果が高い薬剤の価格がこれほど高くなるとは想像だにしなかった。例えば C型肝炎治療薬は最初一錠が8万円、ガンのチェックポイント治療薬も一回の点滴が70万円と聞いて驚いた。まだ我が国では保険適用になっていない、末期のリンパ性白血病の根治が期待できるCART治療に至っては、成功した場合に限るとはいえ、米国で5000万円という価格がついている。開発費がうなぎのぼりで適正価格といわれるとどうしようも無いが、そろそろ患者側に立った薬価決定の方法を考える時期が来たのではないだろうか。

例えば、TPPで経済自由化が議論された時、我が国を含め医薬品開発では劣勢にある国々はデータ保護期間を短くするよう主張した。しかし、もし薬剤の特許保護期間を思いきって長くして最初に開発を行った会社の利益を保護することで、最初の薬価を大きく抑えられるなら、逆に保護期間をもっと延ばすのが患者の利益になる(もちろん同じ標的に対する他の薬剤との関係など検討項目は多いが)。

このように薬価の決め方は複雑だ。患者さんの数、競合薬の存在、開発費、そして特許の保護期間など、あらゆる要因を組み入れないと、膨大な赤字は免れない。創薬企業から見れば需要と供給を基礎に、できるだけ自由に決めたいと思う。しかし、我が国や、英国などは医療費をできるだけ抑えるようと国が薬価決定に強く介入する。

一方米国では国の介入をできるだけ排除する仕組みを取っている。こう書くと米国の薬価は自由競争で決まると思ってしまうが、国の介入がないというだけで話は簡単ではない。これまで薬価は、治療効果や需要(患者さんの数)に加えて、クリニカルパスと言われる標準医療プロトコルに組み入れられるかなどをベースに企業が決めることができた。最近では、患者のケアの質を向上させるための組織ACOの意見なども薬価決定にかかわるようになってきたが、独占性を維持して価格を上昇させるメカニズムが常に働く仕組みになっている。この結果、ジェネリックの薬品でも価格が急速に上昇して問題になっている。この疑いは、今日紹介するアトランタ・エモリー大学からの論文を読んでより強くなった。( Gordon et al, Trajectories of injectable cancer drug costs after launch in the United State(米国で注射用抗がん剤の上梓後の価格変動)Journal of Clinical Oncology,in press, 2017)

米国の保険システムは複雑なので、この研究では企業保険に入っていない人を対象にした保険・メディケア・パートBに絞って、外来での点滴治療で使われる抗がん剤のうち、1996年から2012年に認可された新薬の価格の推移を8年近くにわたって追跡している。

結果は明瞭で、医師、患者さんからあまりにも値段が高すぎると批判が出たアフリベルセプトを除く全ての抗がん点滴薬の価格が、発売時点より増加し続けているという結果だ。この傾向は、他に方法がない進行癌に対する薬剤で著しく、ブレンツキシマブやトラスツマブなど抗体薬は使用開始後8年ほどで2倍近くに跳ね上がっている。

この要因について、例えば競合薬の出現や、FDAからの様々な改善要求による追加投資、あるいは適用外の利用が影響していないか調べているが、影響は認められない。すなわち、何の外的要因もなく上昇を続けているという結果だ。競合薬が出ても上昇が続くのが普通で、例えば抗PD-1ニボルマブが競合薬として出現した後も、同じ会社で先に認可されていた抗CTLA4イビリムマブの価格は3割程度上昇している。

なぜこんなことになるのか結局よくわかないが、末期で選択肢のなくなった患者さんに対して効果がはっきりしているなら、命の値段として強気で売っていると解釈するしかないように思える。

我が国の薬価決定は公定価格制度で、2年ごとの見直しがある。最近C型肝炎治療薬を4割、チェックポイント治療薬は5割安い薬価を決めたことが報道され、自由競争を阻害していると批判する経済人も多い。しかし、もし公的介入を全て排除する米国のシステムが、歯止めのない薬価の上昇を招くなら、公的介入は患者にとって(実際には納税者にとってだが)必要なメカニズムだ。

とはいえ、新しい生命科学の成果を医療現場で実現するには、創薬システムの活力を維持する必要がある。医療産業育成をイノベーションの柱にするなら、創薬インセンティブを維持する薬価や医療技術価格の決め方をテーマに、次世代の医療の枠組みを考える時が来たように思う。