がんの発生を抑える免疫監視機構は間違いなく存在するが、個人差が大きい。

(写真:アフロ)

癌のチェックポイント治療

今癌治療で最も注目されているのは、癌免疫のチェックポイント治療と呼ばれている分野だろう。免疫反応は体を守るために必須の機能だが、一旦始まった免疫反応がいつまでも続くと様々な不都合が起こる。反応が一過性で終わるように免疫を抑えるのがチェックポイント機能で、新聞などで報道されているPD-1分子はその一つだ。免疫反応が高まると、PD-1を介して免疫反応が抑えられ、反応が続かないようにする重要な分子だ。一方、癌に対する免疫反応でも同じことで、反応が高まると抑える力が働く。この結果、せっかく癌を殺すキラー細胞が働きだしても、ある程度のところで抑制がかかり、癌を殺しきれない。そこで、PD-1などのチェックポイント分子の機能を抗体で抑制して、癌に対する免疫を持続させるのがチェックポイント治療だ。

チェックポイント治療の誤解

チェックポイント治療の代表が、本庶先生と小野薬品が開発した抗PD-1抗体治療薬オプジーボだが、一般の方の多くがオプジーボがガンを直接叩くと誤解している。すでに述べたように、これはチェックポイント機能により免疫反応が抑えられるのを抑制する薬剤で、決してガンを直接叩いているわけではない。もし癌に対する免疫反応が成立していなければ、この治療は全く効果がない。すなわち免疫系が、ガン細胞を自分とは違う異物として区別できて初めてこの治療が有効になる。

ガン細胞は異物

ではガン細胞は異物なのか?

ほとんどの場合、異物と言っていい。というのも、発ガンには細胞の増殖に関わる複数の分子に突然変異が起こる必要がある。例えば大腸癌の場合6割近くのガンでrasという分子のアミノ酸配列が変化している。すなわち、持って生まれた分子とは違う分子が働いている。「持って生まれた自分とは異なる」という意味で、異物になる。

しかし、異物だからすぐに免疫反応が起こり、ガンを叩けるわけではない。免疫細胞が変異分子を異物として認識する必要がある。この認識機構を詳しく解説すると、教科書になるので詳細はすっ飛ばして免疫細胞が何を認識しているかをまとめると、細胞内でバラバラに分解したタンパク質からできるアミノ酸の短い断片(ペプチド)を、ほとんどの細胞が持っている組織適合抗原(MHC)に結合させ細胞表面に提示することで認識している。

発ガンに必要な変異タンパク質も、まずバラバラに分解して、突然変異を含む一部のアミノ酸断片がMHCと結合して初めて異物として認識される。ところが移植抗原とも呼ばれる私たちのMHCは一人一人大きく分子構造が違っている。この違いが、他人の組織を拒絶する原因だが、この結果同じ変異を持ったペプチドでもMHCとの結合の強さが違ってしまう。

突然変異分子とMHCの相性が発ガンに関わる

もしあなたのMHCが大腸癌の発生に関わるrasの変異ペプチドと結合しないと、癌は異物として認識されないまま免疫機構をすり抜ける。このことから、ガンで働いている変異発ガン分子と、各個人のMHCの相性を計算できれば、あなたの体の中で働く可能性のあるガン遺伝子を予測することができ、ひいてはガンにかかりやすさを予測することすらできる。この相性の計算法を開発し、異物として認識できる変異と、そうでない変異をそれぞれのMHCごとに算定できることを示したフォックスチェースガン研究所からの論文が11月30日発行予定のCellに発表された(Marty et al, MHC-I genotype restricts the oncogenic mutational landscape(MHC-I遺伝子型が発ガン遺伝子のレパートリーを制限する), Cell, 171, 2017)。

研究の概要

すでに述べたように、この研究のポイントは突然変異分子由来のペプチドとMHCの結合を強さを予測する方法を開発したことだ。研究ではまず、この計算方法が使えることを実際のガン細胞株のMHCに結合したペプチドを調べている。こうして新しく開発した計算式の有効性を確認した後、ガンのデータベースに蓄えられているゲノムのデータを調べなおし、MHCとの相性によって働けるガン遺伝子が決まることを明らかにしている。すなわち、MHCと結合力の強い変異ガン遺伝子は異物として認識され除去されることがわかった。

ただ、これはすべてのガンで言えることではなく、特定の変異が発ガンに必要なガンほど、異物として認識されるかどうかを決めるMHCとの相性が重要になる。要するに、同じ変異分子が発ガンに働くほど、それを異物として提示するMHCの違いが免疫反応に強く影響し、ガンになりやすさを決めるというわけだ。

免疫監視機構

紹介した研究は、長くその存在が議論されてきた「変異が発生した細胞を異物として早期に除去する」免疫監視機構が間違いなく存在することを示した重要な貢献だと思う。そして、監視機構が発見しやすい変異(ガンになりにくい)と、発見しにくい変異(ガンになりやすい)を区別することができることで、各人が特に注意する必要のあるガンの種類を予想することができるようになった。

(なるべくわかりやすい説明を心がけたが、免疫学をしっかり理解するのは生物学の素養があっても難しいことが多い。少し難しいとは思うが、現在最も注目されているガンに対する免疫機構を理解するには最適な例と思って紹介した。)