マウスの話だが、最初の性交渉がその後の社会行動を大きく左右する。

(写真:アフロ)

マウスの社会行動

性交渉体験がなくても、マウスの行動は出会った相手に合わせて適切に行われる。この相手に合わせた社会行動にはフェロモンが重要な役割を演じており、フェロモンの情報は、まず鼻鋤骨器官のニューロンで感知され、これらが投射する副嗅球を中継地点として、最終的に脳の底の方にある内側扁桃体で相手についての他の情報と統合され、相手のイメージが形成される。この脳イメージを扁桃体の神経の活動パターンとして解読できるはずだが、脳の奥にある扁桃体の神経活動を連続的に観察することは簡単でなかった。

神経活動のイメージング

脳活動というと、多くの方は電気的活動を想像されると思う。もちろん正しい想像だが、この電気活動として検出される活動の背景にはナトリウムやカルシウムのイオンの流れが存在し、神経の興奮を電圧の変化ではなく細胞内に流入してきたカルシウムを指標にして測ることができる。このために開発されたのが、カルシウムに反応して蛍光を発するタンパク質で、この分子を神経内で作らせておけば、生きたまま神経が興奮したかどうかを検出することができる。

扁桃体神経活動を長期に観察した論文

原理的には、扁桃体の神経特異的にカルシウムセンサー遺伝子を導入し、細胞が光るのを蛍光顕微鏡で検出すれば扁桃体の神経活動を持続的に見ることができるが、性行動という長期にわたる経過を通して脳の奥の扁桃体を観察し続けるとなると簡単ではない。これをミクロ内視鏡を脳に留置する方法で可能にし、初体験から妊娠、出産に至るまで60日以上にわたって観察を続けたハーバード大学からの論文が11月16日発行予定のCellに掲載された。このおかげで、性交渉体験自体が社会行動に大きな影響を持つことが明らかになったので、是非紹介したい。(Li et al, Neuronal representation of social information in the medial amygdala of awake behavig mice, Cell, 171,in press, 2017)

研究の概要

研究では扁桃体の神経細胞を、同性個体、異性個体、乳児、さらには天敵であるラットの匂いのついた床敷きと同じケージに5分間同居した時に扁桃体で興奮する細胞を追跡している。期待通り、各対象に対して反応する神経細胞はかなり重複するが(一つの細胞が異なる対象に反応する)、それでも活動パターンから反応の違いで対象のイメージを分離することができる。これを神経科学や哲学では、それぞれに対する「神経的表象が形成された」と呼んでいるが、わかりやすく言えば神経の反応パターンからどの対象を経験しているか予測できることを意味する。またこの表象の表現の仕方は、オスとメスで違っていることも明らかにしている。まとめると、完全に脳内の反応から行動を予測できるほどではないが、それでも各対象に対する神経の反応パターン(表象)を明確に区別することができる。また、それぞれの表象は、細胞レベルの反応の違いというより、細胞が集まったパターンの違いとして現れる。

性交渉体験によって各対象に対する脳内イメージが明確になる

以上の結果については、違った課題についての論文で何度も目にする結果で、何ら驚くところはない。この研究の画期的な点は、それぞれに対する神経的表象が、性交渉を体験することで明確に分離することを示したことだ。しかも、性交渉の経験により、反応特異性が固定して、他の対象には反応しない細胞の数が増え、これが長期間続く。また、この現象は、決して異性に対してだけではなく、天敵を含むすべての対象について同じ脳内の変化が起こることが示されている。

最初の性交渉がなぜこれだけ大きな変化を誘導できるのか、とりあえず社会性を高めるホルモン、オキシトシンを注射する実験を行っているが、この処理はオスにしか効かない。おそらく、特定できない感覚や感情の変化が、扁桃体内での表象の形成に大きく関わっているのだろう。

これまで、動物実験で、最初の性交渉自体が脳に持続的な変化を誘導することを明確に示した研究はほとんどないと思う。最初の性体験が人間の成長にとって大きなエポックになることは誰もが感じていることだが、この生理的側面が今後急速に明らかになるような予感がする。