ショパンの死因

ワルシャワのショパンの銅像(写真:アフロ)

クラッシック音楽ファンでなくてもショパンの音楽を聴いたことがないという人はいないと思う。例えば内外の多くの映画にも使われてきた。古いところで溝口健二や木下啓介から黒澤明、そして山田洋次など多くの監督が使っている。熱情溢れる音楽から、静かな心に染み入る音楽まで様々なバリエーションがあるショパンの音楽は映画の彩りとして使いやすいのだろう。

このショパンは1810年ポーランドで生まれ1849年パリで39歳の若さで世を去るが、30歳になる頃から咳、呼吸困難、全身倦怠に悩むようになり、10月17日母国ポーランドから呼び寄せた妹夫妻や友人に見守られ世を去る。この時の死亡診断書には「肺及び喉頭の結核」と記載され、彼が結核により亡くなったことは通説になっている。

この時ショパンの希望で、彼の心臓が取り出されワルシャワの聖十字架教会に祀られるが、この行為が後の科学論争の種になるとは、ショパンも想像できなかっただろう。

2008年結核がショパンの命を奪ったとする通説に対して、ワルシャワの分子細胞生物学研究所のWitt博士らが、ショパンの病気は同じような症状が続く「のう胞性線維症」ではないかと疑いを持ち、政府にDNA検査の許可を申請する。理由は彼の姉妹の2人にも同じような症状が見られることがわかったからだが、残念ながらこの時の申請は却下される。

その後2014年、彼の心臓を保全するためショパンの心臓の保存状態を調べる決定が行われる。そしてこの時ついにWitt博士らに保存されてきた心臓の組織を調べる許可が与えられ、その結果がThe American Journal of Medicineオンライン版に発表された(Witt et al, A closer look at Frederic Chopin's cause of death(ショパンの死因にさらに近づく), The American Journal of Medicine, https://doi.org/10.1016/j.amjmed.2017.09.039, 2017)。

残念ながらFigureにアクセスできないので、文章だけを紹介するが、結局死因は結核だったと結論づけている。なぜ心臓を見ただけで結核と判断できるのかと疑問に思われるかもしれないが、ブランデーに浸して保存されていたショパンの心臓を包む心膜には多くの結節と結核に特徴的なヒアリン化が認められ、結核の中では最も深刻な結核性心膜炎に侵されていたことがわかった。さらに、著明な右心室肥大が認められることから、肺に慢性の疾患を抱えていたことがわかり、心膜炎から見ても肺結核と診断して間違いがないという結論だ。

最初Witt博士らが疑った「のう胞性線維症」については全く言及がないので、おそらく結果はネガティブだったのだろう。ひょっとしたら、いつか論文としてショパンのゲノム解析とともに発表されるのかもしれない。

この論文を読むまで知らなかったが、自分の心臓を母国に送りたいというショパンの望郷の思いには感銘を受ける。是非一度聖十字架教会を訪れ、新しい保存液の中に眠るショパンの心臓に祈りを捧げたい。