右投左打の野手が大リーグで最も成功している

イチロー(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

米国の医学雑誌The New England Journal of Medicine(NEJM)は、英国のThe Lancetと共に、最も権威のある臨床医学雑誌だ。私には全く機会がなかったが、現役の臨床医なら一度は論文を載せてみたいと思っているはずだが、簡単ではない。しかし今週この権威ある雑誌に、短いコレスポンデンス論文とはいえ、「え!こんな研究でも掲載してもらえるの?」と驚いた論文がオランダ・アムステルダム大学、ドイツ・オルデンブルグ大学、そして英国・ケンブリッジ大学のチームから発表された(Mann et al, The success of sinister right handers in baseball(右投げ左打ちが大リーグで最も成功する), The New England Journal of Medicine, 377:1686, 2017)。

研究は、1871年大リーグの前身ナショナルリーグ発足から現在まで、大リーグで成功した野手の利き手についての調査で、よくNEJMに掲載されたなという驚きとともに、「野球とはほとんど縁がないヨーロッパの大学チームがなぜ大リーグについての研究を発表するの?」と思ってしまう、不思議な論文だ。

しかし、右投左打の野手が最も成功するという結果を知ると、同じ右投左打のイチローや松井秀喜を大リーグに送り出した我が国から見ると納得の研究とも言える。もちろん将来の大リーガー候補、清宮幸太朗も右投左打ちだ。

研究は単純で1871年から2016年までに大リーグでプレーした野手9230人の選手を右投右打(63%)、右投左打(11%)、左投左打(16%)、右投両打(5.5%)、左投右打(3.2%)、左投両打(1.0%)に分類し、3割打者になった確率、野球殿堂入りを達成した確率を調べている。

どちらの調査項目でも見ても達成確率のオッズ比が最も高いのがイチローと同じ右投左打で、生涯打率が3割を達成できる確率がオッズ比で18.43と、右投右打0.14、左投左打3.67と比べても群を抜いている。左打者は当然有利と考えられるが、それでも18.43はすごい。野球殿堂入りの確率もオッズ比で9.92と左投左打(王選手など)の2.08、右投スウィッチヒッター(ピートローズなど)の4.02と比べても圧倒的に成功率が高い。要するに、右投げの選手が左打ちに転向することで野手としての成功率が上がるという結果だ。

話はこれだけで、これが科学かと疑問を感じる人も多いだろう。例えば英国の雑誌The Lancetなら掲載しただろうか?

確かにメカニズム解析という点ではこの研究からはほとんど何もわからない。しかしデータをよく見ると現象としては面白い。すなわち、人間で多い右利き(右投げ)が、もう一方の脳を使う訓練をすることで運動能力が上がるとすると、プロという高いレベルの運動を支える脳のキャパシティーを考える上では面白い課題になりそうだ。また逆に、左投げの野手が左打ちになるよう訓練した場合、成功率が極端に低いという今回の結果はさらに面白い。まちがいなく、科学の芽がある。

イチローの場合、お父さんが最初から左打ちを指導したらしいが、なぜ左打ちに改造しようと決心する動機や、いつそれを始めたのか、またその時の指導者の判断など、他の要因についての情報が得られないと、この結果をそのまま鵜呑みにするわけにはいかない。この辺は、ヨーロッパの学者にはわかるまいと思ってしまうが、なぜ彼らが野球に興味を持ったのか、やはりそこが私には一番不思議だ。