自殺願望は客観的に診断できるか?

悩む青年(写真:アフロ)

21世紀の人間科学

17世紀、デカルト、ガリレオから始まる理性に基づく因果性の科学は、物理学で大成功する一方、人間については心を切り離した機械とみなして研究するしかなかった。この結果、現在でも人間科学は心理学と脳科学といった風に、学問分野が「心と体」に分かれたままになっている。これに反しイタリアのジャンバティスタ・ヴィーコは、真の人間学は先験的理性ではなく、センスス・コムニス(共通の感覚)から始めるべきだと主張した。この考えは主流にならなかったが、科学は18世紀の有機体論、19世紀の進化論、20世紀の情報理論を経て、21世紀には新しい人間学を目指す予感がある。このような機運を先取りしている研究雑誌がNature Human Behaviour(NHB)で、人間に関する科学研究なら、政治学、社会学、心理学、脳科学などすべての分野をカバーしようとする意気込みが感じられる。

人間科学としての自殺研究

このNHBは今年の1月に発刊されたが、最初から私は新しい号の目次を見るのを楽しみにしている。今月号では米国ピッツバーグのカーネギーメロン大学からの自殺願望の診断に関する論文が目に止まった。早速ネットの48時間レンタル(有料)を使って読んでみたが、自殺願望を客観的に診断する方法を目指した研究で、臨床精神医学、脳イメージング、機械学習と、広い範囲をカバーするNHBの方向性にかなった人間科学だと思い、紹介することにした (Just et al, Machine learning of neural representations of suicide and emotion concepts identifies suicidal youth(自殺や感情的概念の脳内表象を機械学習させることで自殺願望のある若者を特定できる), Nature Human Behavior, doi:10.1038/s41562-017-0234-y)。

研究の概要

これまでも、自殺の考えを抱いている(自殺観念)かどうか調べるテストは存在していた。ただそのほとんどが自己申告に基づいており、より客観的な検査法の開発が求められていたが、これに応えようとしたのがこの研究だ。

研究では、自殺観念を持っている人と、持っていない人17人ずつを対象に、「無気力」「死」「絶望」といった自殺に関わりの深い言葉10種類、「喜び」「気楽な」「安らぎ」といったポジティブな気分に関わる言葉10種類、そして「退屈」「非難」「残酷」といったネガティブな気分に関わる言葉10種類を聞かせた時に活性化される脳領域を機能的MRI(fMRI)を用いて調べ、それぞれの言葉についての脳の反応パターンを推計学的方法をベースにした機械学習でコンピュータに学習させ、得られたアルゴリズムを用いて自殺観念を持つ人と、持たない人を区別することができるか調べている。

要するに、自己申告によるアンケートやインタビューではなく、fMRIを用いて反応を調べることで、客観性を確保した検査が可能か追求している。簡単に聞こえるかもしれないが、実際には画期的なことで、これまで研究が難しかった個人の主観的傾向を、客観的指標を用いて科学することができることになる。

結果

詳細は省くが、「死」「残酷」「トラブル」「気楽」「グッド」「称賛」と言った言葉に対しての脳の反応は、自殺観念のあるなしで大きく異なることがわかった。最も大きな違いが見られるのが「死」という言葉に対する反応だ。こうして選んだ6種類の単語に強く反応を示した脳の6領域の変化を計算して個人の反応をスコア化し、2次元に展開すると、1例を除いて自殺観念を持つグループを、持たない人から完全に分離することができる。また、感情に関わる「怒り」「悲しさ」「恥ずかしさ」「誇らしさ」に対する反応を利用して診断することも可能だ。ただ、選んだ言葉は相互に関連しており、「死」や「トラブル」など最初に使った言葉との関連から、言葉に対する主観的イメージを更に詳しく解析できるかもしれない。

自殺を試みたかどうかも診断できる

また「死」「生気がない」「気楽」などの言葉に対する、特定の脳領域の反応を指標にすると、自殺を実際に企てた人と、観念はあっても実行したことのない人を区別できることもわかった。そこで仕上げに、最初の機械学習のデータ集めには全く使っていない21人の自殺観念を持つ人たちを、今回開発したアルゴリズムで診断すると、87%の確率で診断がつくことを確認している。

以上が主な結果で、診断だけでなく、自殺観念や様々な言葉に抱くイメージなど、主観的感覚の科学に発展するのではと期待している。出来ればfMRIだけでなく、例えば脳波計測などでも同じことが確認できると、さらに用途は広がるだろう。また、用いられた言葉に対するイメージは、文化ごとに大きく異なる。それぞれの国に適した言葉を選び、アルゴリズムを作る努力が必要だろう。

外から計り知れない人間の内面を浮き上がらせる方法は、人間基礎科学に欠かせない。期待したい。