熱いお風呂は頭部や心臓の発生異常を誘発する?

(写真:アフロ)

神経堤細胞

私たちの体幹の筋肉や骨は、発生初期に外胚葉や内胚葉から分かれた中胚葉が体節と呼ばれる中間組織を形成、そこから移動した細胞により形成される。ところが、頭部の筋肉や骨は、体節からではなく、脳神経系を形成する神経管と呼ばれる中間組織から発生する神経堤細胞により形成される。神経堤細胞由来細胞は頭部の様々な場所に移動し、体の中で最も複雑な形態を示す顔の骨や筋肉を形成しなければならない。さらに頭部だけでなく、同じく形成過程が複雑な心臓にも移動して発生に重要な役割を演じている。

神経堤細胞由来組織の発生異常

形成過程が複雑なため、神経堤細胞由来の頭部や心臓組織の発生では多くの異常が生じる。最もよく知られているのは、口蓋が閉じない口蓋裂だが、それ以外にも多くの異常が知られている。これら発生異常の3割程度は遺伝的要因が特定されているが、残りのほとんどは発生過程でのアクシデントで起こる。過程が複雑なだけに、ちょっとしたアクシデントも形態異常につながってしまう。

このアクシデントを起こす危険因子の一つとして、母親の発熱が知られており、神経堤細胞による形態形成が完成する12週までは、ワクチンを受けるなどして感染症を防ぐことが重要になる。

お風呂も発熱と同じ?

もちろん、発熱の影響は神経堤にとどまらず、脳自体の発生でも同じリスクがある。従って、妊娠中の発熱をいかに防ぐかは、妊婦さんにとって最も重要な課題になる。ところが1992年、ちょと驚くべき調査結果がボストン大学から発表された。あろうことか、風呂、サウナ、電気毛布を使って体を温めている妊婦さんでは、様々な神経管由来組織の発生に関わる異常が多く発生し、中でも熱い風呂の習慣で発生異常のリスクが2.8倍に上昇することが示された(Milunsky et al, JAMA, 268:882,1992)。

おそらくこの論文がきっかけで、現在も妊娠初期は熱い風呂を避ける方がいいとアドバイスされているが、なぜ高熱が発生異常を起こすのかメカニズムはわかっていなかった。

神経堤細胞は高い温度で興奮し、発生異常が起こる

1992年の論文からすでに四半世紀が過ぎたが、ようやく神経堤細胞由来組織に関して、高温が発生異常を引き起こすメカニズムの一端を解明した論文がデューク大学からScience Translational Medicineに発表された(Hutson et al, Temperature activated ion channels in neural crest cells confer maternal fever associated birth defect(神経堤細胞のイオンチャンネルが高温で活性化されることが、母体の発熱による出生異常の原因になる), 10:4055, 2017:DOI: 10.1126/scisignal.aal4055)。

この研究では、まず神経堤発生研究に伝統的に使われてきたニワトリをモデルとして選び、まず神経堤細胞の発生過程で胎児を一過性に高温にさらすと、顔面と心臓の奇形が多発することを確認し、1992年の論文を再現している。その上で、細胞レベル、個体レベルの実験でこのメカニズムを追求した。詳細を省いて、結果だけを述べると以下のようになる。

1)神経堤細胞には熱に反応して開くカルシウムチャンネル( TRPV)、TRPV1,TRPV4の2種類が発現しており、温度を40度にあげるとチャンネルが活性化する。同じ結果はニワトリだけでなくマウスの神経堤細胞でも確認される。

2)チャンネルの阻害剤をニワトリ胎児に投与する実験を行い、チャンネル刺激による細胞の興奮を抑えると、熱による頭部や心臓形成の異常発生を完全ではないが抑えることができる。

3)遺伝子工学的に、電磁場で神経堤細胞のカルシウムチャンネルを操作できるようにしたニワトリ胎児を磁場にさらすと、心臓や頭部の発生異常を引き起こすことができる。

以上の結果は、熱による発生異常の一つのメカニズムが、神経堤細胞のTRPV1,4が熱により活性化することによることを明らかにした。残念ながら、TRPV活性化による神経堤細胞興奮が発生異常に至るまでの過程は全く不明のままだが、高温の影響が分子レベルで示されたことは重要だ。 もちろん、ほとんどの実験はニワトリで行われており、今後ヒトiPS細胞を用いるなど、人間でも同じことがいえるのか確かめる実験が必要だ。

とはいえ1992年の論文も合わせて考えると、最終結論を待つより、妊娠12週までは熱い風呂に入るのは我慢した方がいい。我が国は特に風呂が生活に根付いている。しかしこの習慣が発生異常を引き起こす懸念が少しでもあるなら、妊娠が疑われた時点で3ヶ月間はぬるい風呂か、シャワーで我慢しても何の問題もないだろう。