幼い頃の記憶が鮮明でない理由

記憶に基づいて景色を再現する(写真:ロイター/アフロ)

普通に考えると、意識など高次脳機能の研究は動物で調べるのは難しいと思う。では人間を用いれば簡単かというとそうではない。人間の脳操作は余程のことがないと許されないし、脳活動を記録するという点でも、脳内に電極などを留置することは難しい。

一方、モデル動物を使った研究では、普通に行動している動物の特定の領域を持続的に記録するだけでなく、活性化したり抑制したりする脳操作技術が開発され(光遺伝学と総称されている)、脳研究がかってない賑わいを見せているため、どうしても人間を使った研究はかすんでいるのが現状だ。

しかし複雑な課題を理解してテストに応じてくれるのはやはり人間しかいない。詳しいメカニズムは動物実験を参考にするにしても、人間の脳研究を止めるわけにはいかない。今日は最近発表された論文の中から、一般の人にも説明しやすい、人間の記憶の発達について調べたドイツマックスプランク生涯心理学研究所からの論文を紹介する(Keresztes et al, Hippocampal maturity promotes memory distinctivenesss in childhood and adolescene(海馬の成熟は子供や青年の記憶の弁別性を促進する),PNAS, 114:9212-9217, 2017)。

人間の研究では脳を操作することはまず許されない。従って、様々な断片的な観察をできるだけ多くの人で積み重ね、集めた膨大な結果を推計学的手法で分析してこの困難を乗り越えている。このため、研究の最大のハードルは条件の揃った多くのボランティアを集めることになる。この研究では70人の6-14歳の児童、及び33人の18-27歳の若年成人を対象とし、記憶テストと脳の解剖学的発達をMRIで調べ、それぞれのデータの相関を調べている。

記憶の形成には多くの領域が関わっているが、感覚を統合して形成されたイメージは、海馬と呼ばれる領域を経て、主に前頭皮質に蓄えられる(この過程は、神経回路の結合性のパターンを変える事で行われており、面白い話満載の領域だが、今回は「蓄える」という抽象的な言葉で済ませてしまう)。生まれた直後から、私たちはこの過程を繰り返し、記憶の中に自分の判断基準を形成していくのだが、この時海馬の構造は変化するのかどうかがこの研究の課題の一つだ。

あるイメージの記憶は実は様々な要素に分けて蓄えられている。思い出す時は、これらをもう一度統合して、昔のイメージにたどり着く。この研究のもう一つの課題は、それぞれの記憶の発達には海馬や前頭皮質の発達が必要かどうかを明らかにすることだ。

研究では精度が高いMRIで海馬や前頭皮質の解剖学的形態を詳しく分析し、年齢による発達を調べている。これまで様々な議論があった分野ではあるが、今回の結果は、海馬の構造は年齢とともに発達し、ある場所は大きく、他の場所は小さくなることを示している。ただこれらの変化は物理的時間にリンクしているわけではなく、一種の傾向で個人差は大きい。おそらく個人的経験の違いが発達程度を反映していると考えられる。そして、形態変化を総合した、「発達度指標」を開発してその後の研究に用いている。

次に、それぞれの被験者の記憶力を、情報源記憶、連合記憶、弁別記憶など様々な要素に分け検査しているが、詳細はすべて省く。そして、これらの検査から得られた記憶力に関するスコアと、海馬の発達度指数との相関を調べている。もし相関があれば、その要素の記憶力の発達に海馬の発達が直接関わると結論できる。

結果だが、顔などの小さな違いを弁別する能力は明らかに海馬の発達と相関するが、連合記憶や情報源記憶などの他の記憶能力とは相関しないことが分かった。

一方、同じような発達度指標を前頭前皮質について開発し、これと様々な記憶との相関を調べると、情報源記憶が強い相関を持つことも示している。

以上の結果から、海馬の発達は顔の分別など、小さな変化を分別した記憶に関わっており、一方情報がどこから来たかといった情報源記憶の発達には海馬ではなく前頭前皮質が関わっているという結論になる。分かりやすく言うと、詳細を記憶する能力は年齢とともに(経験とともに)発達し、その結果脳の構造も変化することがわかった。

子供の頃についての記憶はあっても、詳細をほとんど覚えていないのは、この弁別記憶や情報源記憶が発達していないせいで、経験を重ねてこの能力を発達させる必要があると言っていいように思う。

とはいえ、人間についての研究では個人差のため結果が大きくばらつくことが多く、ひょっとしたら次の論文ではあっさり間違っていましたという話になるかもしれないのも、人間を用いた研究の宿命だ。今後は、より早い発達段階、病的な状態、さらに領域間の結合測定など、一歩づつ結果を積み重ねることが必要だと思う。しかし、どんなに大変でも、人間を用いた研究なしに高次機能や病気を理解することはできない。ぜひ多くの若者が、この困難に挑戦して欲しいと思う。