運動中に起こった心臓発作蘇生に関する間違った常識

(写真:ロイター/アフロ)

限界で競技するスポーツは、常に事故や病気と隣り合わせだ。なかでも、心室細動の発作は恐ろしく、できるだけ早く除細動装置(AED)で正常な心拍を回復させる必要がある。心停止の場合、3分放置するだけで死亡率は50%を超す。事実、多くの場合適切な処置を受けることことができず、スポーツ中の心停止の死亡率は高い。

この高い死亡率の原因が、応急処置に関する私たちの間違った常識にあるのではないかという驚くべき論文がイスラエル・テルアビブ大学からの論文Health Rythm紙オンライン版に掲載された(Viskin et al, Attempts to prevent “tongue swallowing” may well be the main obstacle for successful bystander resuscitation of athletes with cardiac arrest (心停止を起こしたスポーツ選手に対する周りの救命措置の失敗につながる最も重要な要因は「舌の沈下」を防ごうとする試みの可能性が高い), Heart Rhythm, in press, 2017, http://dx.doi.org/10.1016/j.hrthm.2017.08.012)だ。日本でスポーツ中の心停止に対しどのような指導が行われているかよく知らないが、楽しいスポーツの秋を楽しむためにも紹介することにした。

この論文は1990年、多くの観衆を集めたバスケットボールの試合中に倒れ、周りに多くの人がいたにもかかわらず、最初の2分間何の心臓に対する処置も受けずに亡くなったハンク・ガザーズの事故の反省から始まっている(Youtubeに紹介されている)。そしてこの処置が、「何はさておき気道確保」というアスリートたちの常識に基づくなら、今後もこの間違いが繰り返されるのではと懸念し、実態調査を計画した。

実情を調べるために著者らは、まずTVやYoutubeの映像の中から試合中の発作の一部始終が撮影されている画像を集めた。この方法は今後スポーツの試合中の事故などの分析に多用されるように思う。集めた画像の中から、1)発作を起こした選手の個人データが得られる、2)事故の場所と時間がわかる、3)発作後の処置について映像が存在する、の3条件を満たす映像を選び、それぞれについて1)発作時に周りにいた選手の行動、2)処置班の到着時間、3)最初の処置、4)心臓マッサージの開始、5)除細動器の使用の有無と使用時期、について分析している。

最終的に試合中に意識を失って倒れてから処置が済むまでの完全な映像が得られたのは28(女性は一人だけ、24人がサッカー選手)選手で、そのうち生存できたのが15人(53%)、このうち後で心停止による意識消失であることが確認された22人については8人(36%)で、周りに多くの人がいても、死亡率が極めて高いことがわかる。

次に、周りの選手が取る行動だが、反応は早い。選手たちは3秒以内に発作だと認識し、救護班を呼び、場合によれば蘇生の試みを始めている。しかし驚くべきことに、脈を調べて心停止を確認し、心臓マッサージを最初から試みたケースは全くなく、8例だけが1分程度経った後でようやく心臓マッサージを受けている。また、除細動器が使われたのはたった2例で、それも10分経過した後だった。

ではその間何が行われていたのか?

映像を調べると、全てのケースでいわゆる「気道確保」のため、口を開けさせ舌を引っ張り出すという操作にかかりきりで、脈さえ調べられていないことがわかった。実況放送中のアナウンサーも「チームメートと医療スタッフが集まって、舌沈下を防ごうとしているように見えます」(BBCスポーツ)と実況している。

著者らが恐れていた通り、ほとんどの選手やコーチは、気道確保のために舌を引っ張り出すのが最優先という間違った常識に囚われ、それを実行していた。もしこの操作を続ければ、心臓マッサージを施すのは難しい。

実は、世界サッカー協会やアメリカ心臓学会は、スポーツ中の発作に対する心臓マッサージの重要性を説き、しかも選手の訓練すら行っている。にもかかわらず、ほぼ全例で舌を引っ張り出そうとして貴重な時間を空費してしまっている現状から、著者らは「発作に対しては気道確保のための舌沈下防止が最優先」という常識を壊すところから始めることが重要だと結論している。

気になって「運動中の心停止」で検索すると、我が国の場合まずAEDの有効性を訴えたサイトがトップに並ぶ。その後、東京消防庁が提供している情報が来るが、ここでは心臓マッサージが呼吸確保より重要であることが明確に述べられている。

一方次に来る福島県の広域行政組合のサイトでは、1)意識確認、2)救急とAED以来、2)気道確保、3)人工呼吸+心臓マッサージという順番が詳しく書かれており、このままの順序で実行してしまうと、この論文が指摘する問題に陥る心配がある。

スポーツの秋を楽しむためにも、「発作には気道確保」ではなく、「脈による心停止診断と心マッサージ」を中心にしたマニュアルを周知させる必要があるとおもう。