「あくびはなぜうつる?」の疑問に答える脳科学

(写真:アフロ)

トリビア的疑問にも真面目な研究が行われている

毎日発表される論文を眺めていても飽きないのは、重要な発見や新しい考えに出会うだけでなく、馬鹿げて研究の対象になどなりえないと思うようなことが結構真面目に研究され、論文になっていることを知り、なるほどと頷いたり、ホッとしたり、ときには大笑いすることができる点だ。

例えば、2014から約2年間にシマウマのシマができた理由を研究した論文がなんと3編も専門誌に掲載されていたのに驚いた。

しかし一見トリビア的に見える論文にも、本当は背景に深刻な問題が潜んでいる場合もある。例えば以前私のブログで「スパイスの効いた食事と死亡率」という論文を紹介したことがあるが、これが中国四川省からの論文だと知ると、その土地の人たちには極めて重要な研究であることがわかる(結論は酒を飲まずスパイシーな食事をしている人ほど死亡率は下がるという結果)。

あくびがうつる理由は真面目に研究されてきた

今日紹介したいと思っている英国・ノッチンガム大学からの論文もそんな例の一つで、「また面白いタイトルで人を引きつけて」とトリビア的論文として読み始め、なるほど「あくびの研究は医学にとって重要だ」と真面目に読み終わることになった(Brown et al, A neural basis for contagious yawning(あくびがうつる神経的基盤の一つ),Current Biology, 27:http://dx.doi.org/10.1016/j.cub.2017.07.062, 2017)

確かに誰かがあくびを始めると、あくびが広がるという現象は誰もが経験している。個人的には、前の日に飲みすぎたり、話に飽きたり、部屋の炭酸ガス濃度が上がるからではと単純に考えていたが、この現象が真面目に研究されてきたことが論文を読むとよくわかる。

ミラーニューロン仮説

あくびがうつる現象を説明するため、最初ミラーニューロン仮説が提唱された。

ミラーニューロンは、サルがものをつかむ行動で活動する神経を調べていたイタリアの研究者が発見した細胞で、私たちが他人を理解したり、真似をしたりするのに重要な働きをしている。サルの前頭葉に電極を入れてものをつかむときに興奮する神経を調べていたとき、サル自身の行動で反応するだけでなく、サルを訓練していた研究者が同じエサつかむ行動でも興奮する神経があることに気づいて発見された。

他の個体の行動を自分の行動に映すのに関わる神経細胞という意味でミラーニューロンと名付けられた。

あくびのミラーニューロン仮説では、あくびがうつるのは、ミラーニューロンが興奮して他人の行動を真似ようとすることが引き金になると考える。しかし、MRIを用いて人間を調べた研究では、ミラーニューロンがあくびで興奮する証拠はなく、また反応の個人差が大きいことから、通常特定の行動に必ず反応するミラーニューロンがあくびがうつる現象を説明するのは難しい。

本能の発動仮説

もう一つの仮説が、他人のあくびが私たちの本能を刺激して、相手を真似る行動を誘発するという考えだ。実際、生後しばらく、赤ちゃんがあくびも含めて他人の真似をするのが良く観察できるが、3歳児をすぎると身振りを真似る行動は急速に減る。この本能の名残が、あくびがうつる現象として大人になっても残っているという考えだ。

この研究は後者の仮説に立っているようだが、実際に調べられたのは、あくびのうつりやすさと、あくびを見ることで興奮する運動野の感受性との関係だ。したがって、この論文のタイトルはあくびがうつる現象の神経基盤についての研究になっているが、実際にはあくびのうつりやすさの個人差についての研究といったほうがいい。

実験の概要と結果

実験では実験に参加したボランティアにあくびのビデオを見せ、被検者にあくびがうつるか観察すると同時に、被検者が自覚的にあくびをしたいと感じる程度を刻々とレバー操作で報告させる。

次に、あくびをこらえるように命令したあと、同じ実験を繰り返す。

最後にこの一連の実験を、運動野を頭の外から磁場で刺激して運動野の感受性を低下させた条件で繰り返し、運動野の感受性があくびのうつりやすさに関わるかを調べている。

結果だが、

1) まずあくびはビデオで見ても確かにうつる、

2) あくびをするなと言われると、なんとか押し殺すことができるが、外から見ても抑えたあくびが出ているのがわかる。これをカウントすると、あくびをするなと命令してもあくびの数は減らない。すなわちあくびがうつるのは意思ではどうにもならない本能的な行動だ。

3) あくびをするなと命令されると、自覚的には余計にあくびをしたくなる。

4) 運動野を磁場で刺激すると、あくびが強く抑えられる。

とまとめられる。

ちょっと強引なところがあるが、あくびをするなと命令する実験から、あくびがうつるのは自分の意思ではどうにもならない現象で、本能的な行動であると結論している。

さらに、この本能はあくびの場合はうつりやすさとして現れるが、あくびを見たときの運動野の刺激感受性は個人により大きな差があり、これがあくびのうつりやすさの程度を決めていると結論している。

最初は興味本位で読み始めたが、最後に運動野の感受性の話が出てくることで、医学的にも重要な研究であることが理解できた。特に、運動野の感受性は、てんかんや自閉症の症状にも深く関わる。読み終わって、あくびがうつるかどうか、様々な精神疾患で調べてみれば、全く新しい課題が生まれるかもしれないと確信した。