自閉症児の音楽療法は効果がないのか?

自閉症のピアニストデレク・パラビチーニ(写真:Shutterstock/アフロ)

この原稿には科学的に確認されていない私の勝手な想像が多く含まれていることをまず断っておく。

言語と社会性の発達障害、および繰り返し行動が自閉症スペクトラム(ASD)の主要症状だ。米国疾病予防管理センターからの発達障害早期発見のための乳児期チェックリストには、1)音に反応しない、2)動くものを見つめない、3)笑わない、4)手を口に持っていかない、場合は医師に相談するよう説明している。

このリストはASDだけを対象にしているわけではないが、これらの症状から勝手に想像すると、ASD主症状の背景に、乳児に自然に備わった能動的に様々な体験を求めようとする本能の低下があるように思える。

例えば乳児期だけに「口唇追いかけ反射」が存在する。これは母親の乳房を求める反射と理解されているが、目がはっきり見えない時期、新しい体験を求めるための反射としても働いていると考えられる。実際私たちの行動が論理的な思考に基づくことは稀で、ほとんどは本能や、欲望、感情に動機付けられている。従って、ASDの子供が能動的に体験を求めようとしないのは、行動の動機になる本能や感情に問題がある可能性がある。事実、ASDの人たちは大人になっても、感情の受容や伝達が苦手なこと、すなわち失感情症を併発することが多いことが報告されている。また機能的MRIを用いた研究から、感情に関わる島皮質の活動が自閉症では低下していることも報告されている。

しかし、本当にASDの人たちは感情の理解や表現が低下しているのだろうか?

一見失感情症のように見えるASDの人たちが豊かな感情を持っていることが、音楽に対する様々な反応からわかってきた。ASDの人たちの音楽能力が高いこと、あるいは音楽で表現される感情をほぼ正常に理解していることが報告されている。おそらく音楽の最も重要な役割は、感情のコミュニケーションといっていいだろう。とすると、正常以上の音楽的コミュニケーション能力を持つASDの人たちを失感情症と決めつけることは危険だ。逆に音楽を通せば、ASDの子供と深いコミュニケーションをとることができるのではと考えられるようになった。これに基づき、ASDの人たちの社会性を高めるための、様々な音楽療法が開発され、その効果も幾つかの論文で報告されている。

しかしこれまでの研究のほとんどは観察研究で、一般的な治療法として確立するためには、より厳しい臨床的検証が必要とされていた。

今日紹介するノルウェイを中心とする9カ国の国際チームからの論文は「即興音楽療法」と呼ばれる治療法の一つの効果を調べるための国際治験研究で8月8日号の米国医師会雑誌に掲載された(Bieleninik et al, Effects of improvisational music therapy vs enhanced standard care on symptome severity among children with autism spectrum disorder: The TIME A randomized clinical trial(自閉症スペクトラムの症状改善に対する即興音楽療法の効果:TIME-A無作為臨床治験), JAMA 318:525,2017)

この研究では4-7歳のASD児童を対象に、訓練されたセラピストと1対1でその子に合わせ即興で楽器を演奏したり、歌ったり、ダンスしたりするセッションから構成される即興音楽療法を受けさせ、その効果を調べている。治療の性格上プラシーボを用いた2重盲検は難しいが、参加した384人を無作為に3群にわけ、182人は一般的ケアプログラムのみ、91人に週3回の即興音楽治療セッション、91人に週一回の同じセッションを一般ケアプログラムとともに受けさせる無作為化臨床治験で、これまでの観察研究とは大きく違っている。5ヶ月後に効果を調べているが、判定する医師は患者さんがどのグループに属しているかを知らされていない。書くと簡単だが、400人近い患者さんに同じ量と質の治療を行い、それを比べることは大変で、その熱意に頭がさがる。そして同じ治療法を統一して行う力のある音楽セラピストが欧米そして韓国にいるのにも驚く。

これだけ大変な治験だったが、「音楽療法の効果は症状改善にほとんどつながらなかった」という残念な結果で終わっている。将来に希望を残すような個別症例の検討も行っているが、混乱するので割愛する。結局、ここで採用された即興音楽療法は一般的治療として認められないという結論になる。

音楽療法を一般治療として認めるためには、セラピストの養成など体制整備に投資が必要で、一部の症例に効果があったという報告だけで全面的に採用するのは難しい。その意味で、今日紹介した論文は、ASDに対する音楽療法の導入に待ったをかけたことは間違いない。

では音楽療法には未来がないのだろうか?私はそうは思わない。ASDの人たちの音楽への感受性が正常かそれ以上であることを示す研究結果は蓄積している。音楽が感情のコミュニケーションのメディアであることを認めるなら、今後も音楽をASDの人たちとコミュニケーションするためのルートとして追求しない手はない。

自閉症の子供たちの音楽能力の科学的研究を推進し、そこから新しいプログラムを考案し、適切な対象を選んで臨床治験で効果を確かめる。時間はかかっても、これを繰り返してほしいと思う。

最後に、アメリカでは音楽療法のセラピストが7000人もおり、ヨーロッパでも6000人いる。音楽療法はASDだけでなく、認知症や多くの疾患で効果が期待されている。その意味で、高齢大国になろうとしている我が国でも、音楽セラピストの養成をどうするのか、考える必要があると思う。